俺はエルフの母と人間の父を持つ所謂禁忌の子供である。禁忌は両種族の恥でもあり畏怖でもある。交わっていけないものが交わりあってしまったのだ、そこに何が生まれるかなど、未知の者ほど人は恐怖を抱く。
 特殊な血を生まれ持ったせいだろうか、俺は生まれたその時から自分の立場を知る能力を持っていた。エルフは言葉を交わらせずとも意思の疎通ができる。その能力が優れていたのか、はたまた人間の血と交じり合い特殊な変貌を得たのか知らないが、俺は周りが言っている言葉の意味も、母が同族に投げかけられる言葉の意味も、父がそんな母を置いて旅立った理由も知っていた。ただ理解は出来ていなかったとしか言いようが無い。
 そして俺の脳には生まれでて初めて見た森の緑と太陽の光、そして鈴のような声に俺を抱いて微笑む母の顔から既に刻まれていた。良いか悪いか定かではないが、記憶力も良かったのだ。
 母はエルフの中でも特異な立場の者で、父は近くの人間の王国の王族の血を引くものだった。しかしその男は王位継承の地位が低く、めっぽう彼自身が興味を抱く神秘の象徴マナの研究に没頭していたようだった。そしてマナと関わりの深いエルフの森に迷い込みひとりのエルフとであった。それが母だった。

 父が森を、母の元を去るきっかけとなったのは他ならぬ俺だった。
 人間とエルフの混ざり子である俺にはエルフの担うマナが毒となった。人の器にエルフの膨大な力は収まりきらず、常に何かしら力が暴発しては何かを傷つけた。そんな我が子を父は自身の知識の全てを持って救おうとしてくれた。結果エルフの森の血脈とイギリスを繋ぐことでマナの流動を外へ流す、端的に言えば森を器としてイギリスへくっつけたのだ。
 しかし、彼はそれだけでは納得しなかった。森の外の世界へ出ることの出来ないわが子を嘆き、彼は更なる知識を求め旅に出た。母はそれを止めず静かに見送り、俺は泣きじゃくり彼の背中を見送った。
 結局父は帰ってこなかった。エルフに比べれば短命な人間だ。数百年経ち、漸く己は父の死を受け入れたが母はそうではなかった。森の端で只管男の帰りを待ち続け病んでいった。最後は人の目に見つかり捕らえられそうになったところ逃げそのまま谷底に落ちて亡くなった。
 そして、俺は一人になった。森の皆は俺を家族のように扱ってくれたので実際は一人ではなかったが、それでも俺はエルフでは無いので彼らの仲間に完全に成れた気がしなかった。
 俺は散歩が好きだった。森が好きだった。森はいつも俺を助けてくれる、彼は俺の命綱そのもので、彼は俺に優しく、俺も森が好きだった。
 ある日の散歩道、妙な気配が森の中にあった。知らない気配で、けれど森がそれを守ろうと、暖かに抱いていたのが気になってそれを探し近づいた。
 それは人の子だった。まだ母の乳を貰わねば成らぬほどのように窺えるほど小さな小さな子供だった。

「こども……捨てられたのか……?」

 恐る恐る近づいてしゃがみ込む。真っ白な布にくるまれた子供は大きな青い瞳をクルクルとさせて此方を見つめ返した。目が合ってドキリとする。思考が読めなかった。人間が相手なのだから当たり前なのだが、父相手のときは血の繋がりのせいか何となく意思を読み取れたのに目の前の子供は違った。言ってみれば父親以外の人間に会ったのはこれが初めてだった。
 途端に怖くなって逃げるように背を向けてその場から離れようとすると、突然初めて聞く切り裂いたような音が背後から聞こえて身を竦ませる。咄嗟に背中の弓を手にとって振り返ると、人の子が大泣きしていた。
 困惑して、立ちすくむがどうしようもない。再び恐る恐る近づいて人の子の顔を覗きこむが先程見えたキラキラとした青い瞳は見えず変わりに真っ赤な顔と零れる涙に涎、大きく開いた口から出る泣声

「お、おい……泣くなよ」

 どうすればいいのかわからなかった。ほとほと困り果てて森に助けを求めるように声をかけるとクスクスと笑う声と同時に柔らかな意思が流れ込む。抱き上げてあげなさい。っと

「う、うぅ……」

 森の、妖精たちが見守る中そろりと子供に手を伸ばし触れる。暖かかった。柔らかな感触は森の動物達と同じだった。
 ゆっくりと持ち上げて抱き上げる。すると子供の泣声が止まりホッとする。息を吐き出し一息つくと、目の前に小さな手が伸ばされていた。
 訳がわからず固まっていると、小さな手がなお此方にむけて伸ばされる。初めて見る小さな子供の掌に気づけばそっと己の手を差し出していた。
 人差し指がきゅっと肉厚のある小さな小さな掌に包まれた。途端にきゃきゃっと笑い出した子供に、知らず笑みが零れていた。









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