「文次郎は僕を好いていると言うけど、それは僕を抱きたいということ?」 ある昼下がりの保健室。怪我をした六年生と、それを手当てする六年生の二人が居ました。 怪我をしている六年生は、いつも自分の傷の手当てをしてくれる彼のことを好いており、その気持ちを少し前に告白していました。 しかし、己の気持ちを告白しているからと言っても先ほどの突然の言葉に文次郎は鳩鉄砲でも喰らったかのようなもので、彼はポカーンと口を開いたまま、唖然として保健委員長である善法寺伊作を見つめていました。 「そう言う、ことではない」 「と、言うと…どういうこと?」 渋い顔をして絞り出した文次郎の返答に、伊作は傷口に薬を塗りながら不思議そうな声音で返します。 「恋愛の行きつく先は無造作に溢れる性欲の捌け口だと僕は考えていたけど、文次郎は違うと言うことかな」 「おまっ」 伊作の物言いに、思わず文次郎は手当ての最中だと言うのに勢いよく立ちあがり伊作の方を信じられない!と言いたげな顔で見降ろしました。 そんな文次郎の反応と打って変わり、伊作の方はと言うと、酷く愉快そうにニヤリと笑みを浮かべています。 「そんなに真っ赤になって!文次郎は初心で可愛いなー」 と、ニコニコしている伊作の言葉に、文次郎が真っ赤になりながら「ば、馬鹿にするなっ!」と喚き声をあげました。しかし、伊作の顔から笑みは消えることはなく、その顔に浮かぶ浮ついた笑みのまま「ごめんごめん」と心の籠っていない、謝罪が呪文のように繰り返されます。 そんな伊作を見下ろす文次郎が、ぶすっとした顔のまま何か考える様に口を噤み黙り込んでしまいました。 その反応に伊作は、笑いすぎたかな?と心配をしつつ、手当が中途半端になっていることを思い出し「とりあえず座ってくれないかい、手当が出来ないから」と提案すれば、彼は逆らうこともなく素直に元の位置に腰を据え、怪我をしている腕を伊作の方へと差し出してきました。 「お、俺は…伊作が、笑っていればそれでいい」 謝るべきなのか、それとも放っておく方がいいものなのかと内心考え込みながらてきぱきと手当をしていた伊作をどう見取ったのか、タコのように真っ赤になって文次郎は絞り出すように言の葉を紡ぎ出しました。 「好いている相手が…幸せそうに笑っていれば、俺は満足だ」 一世一代の告白と言わんばかりの面持ちで、文次郎が言いきりました。 しかし、彼がほっと息をつく間もなく、隣の伊作がブフっと吹き出し、手当のしている最中だと言うのに包帯をその手から零し腹を抱えて笑い始めました。 「あはははは、ご、ごめん、だって文次郎、くっさいなー!」 伊作は、文次郎の言葉に笑いが止まらない様子で、ひぃひぃと呼気を掠めながら苦しそうにしています。 そんな伊作に文次郎はメラメラと心の中で怒りのような感情が燃え上がるのを感じながら、その片鱗を「こっちは真剣にっ」と荒げた声に乗せて口にしました。 すると、伊作は必死に笑みを留めてなんとか口を開いて「うん、そうだよね。笑ってごめん」と素直に謝ってみせました。 「だけどさ、文次郎。それはきっと恋でも愛でもないよ」 苦しそうに笑みを潰して、手当を再開させた伊作でしたが、くるくると包帯が巻かれて行く様を眺めながら優しく、まるで子供に言い聞かせるように言います。 「文次郎は本当は僕のこと、そう言う風には見てないと思うなぁ」 伊作の物言いに文次郎は言葉を失ってしまいました。 それなりに図太い神経をしている文次郎なのでどうにか立ち直りましたが、納得できない文次郎はぶすっとした顔をして「なぜ言いきれる」と伊作に凄んでみせます。 すると、伊作はそれに怯えるでも慌てるでもなく、ただ少しだけ困ったように笑って「さぁ?なんとなくそう思っただけの話だよ」と言いました。 伊作の返答に納得のいかない文次郎はなおも問い詰めようと口を開きましたが、それを遮ったのは伊作の手でした。 手当が終わったようで、伊作に向って伸ばされていた腕には白い包帯がぐるぐると巻きついています。ちょうど傷口の部位を伊作は軽く包帯越しにペチンっと叩き「はい、終わり」と手当の終了を文次郎に告げました。 しかし、文次郎は伊作が手当してあるとはいえ、そこは怪我をしている部分でした。当然叩かれたことで傷口は痛み、文次郎は言葉なくその痛みに悶絶していました。 「もう無茶しないでくれよ?心配するこっちの身にもなってくれ」 痛みに悶える文次郎に悪びれもない様子で、伊作は手当に使った薬や包帯を丁寧に片付けながら文次郎のほうは見ずにそう言いながら微笑んでいました。 |
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酸性キャンディー(http://scy.topaz.ne.jp/)
090719