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 しんべい達、一年は組の子供たちを見つけたので嬉々として「そら、皆しんべえの顔にしてあげよう!」と、自分もしんべいの顔をして皆に言うと、小さな子供達はキャーキャー言いながらわらわらと逃げ出した。
 それをしんべいの顔で笑いながら追いかけると、なんともついていないことに一年は組の皆が逃げた先に運悪く六年い組の立花仙蔵先輩が通りかかった。
 一年生は立花先輩の姿を見つけると、みんなして「助かった!」と言う顔を浮かべる。逆に私は心底嫌そうな顔を浮かべた。

「立花仙蔵せんぱーい!助けてくださいー!」

 風の噂だと立花先輩は一年は組のしんべいと喜三太が苦手と言う話だ。しんべいの声に気づいたのか、立花先輩は眉間に皺を寄せて嫌々そうに振り返る。
 しかし、駆け寄ってきた一年生を追いかけているのが私だと気づいた途端、その嫌そうな顔が愉快そうな顔に変わったことを私は見逃さなかった。
 なんと言い逃れしてこの場を去るか、私は一年生を追いかける楽しみをそっちのけで考えた。愉快なことは三度の飯より好きだが、目先の厄介事には敵わない。一目散にこの場から去ってもいいのだが、そこは如何せん一年生の手前、無駄なプライドが邪魔をして実行に移せずにいた。
 そんな私を外野にして一年生と立花先輩の間で言葉が交わされる。私が鉢屋の相手をしている間に逃げるといい。だとか、一年生の元気のいい返事だとか。そしてすぐさま四方八方に散って行った一年生の後姿。その場に残った立花先輩と私。それでは、一年生の期待に応えて彼らを追いかけに行こうかと、足を踏み出したその時だった。

「一年生を追いかけるのは楽しいか鉢屋」
「えぇ先輩とこうしているより百倍楽しいです」

 私の行く手を阻むように一歩前に踏み出した先輩をじろりと睨みつける。
 しかし、彼は酷く楽しそうに笑うだけだ。

「私は一年の相手よりも、へんてこりんな顔をしたお前をからかっている方が百倍楽しいがな」
「しんべいの顔を悪く言わないでください」

 ぶすっとした顔で言い返すと、整った顔立ちをしている立花先輩が鈴を転がすかのような笑みを零す。
 いちいちこの人の態度には腹が立つ。理由はよく分からないけれど、とりあえず腹が立つのは確かだ。

「なに、笑っているんですか」
「いや、なぁにお前と私、似た者同士だと思ってな」

 立花先輩の口から紡がれた言葉に、私は思考を停止させた。

「私もお前を追いかける時は、きっと今のお前のように楽しそうな顔をしているのだろうな」

 立花先輩の指摘は、私も心のどこかで思っていた。
 しかし、あえて考えないようにしていた。
 気にくわない相手が自分に似ているなど、考えただけで虫唾が走り心の中は嫌悪に溢れかえって、心臓がキリキリと痛む。
 だから遠まわしに遠まわしに、その思考が思い浮かぶ度に掻き消して心の奥底にしまい込み厳重に鍵を付けていたというのに、目の前の男はそれすらいとも簡単に壊してしまった。
 考えただけでこれ程までの不快感と胸を抉るような痛みを落とすのだから、実際に受け入れてしまったらそれ以上の衝撃がこの身を襲うだろうと薄々感ずいていたが、見事的中してしまった。
 言い表せないような痛みが私を襲い攻め立てる。
 泣きだしたいほどだった。

「なんだ私と似ているということが泣くほどうれしいのか?」

 きっと私の内心なんて見抜いているのに、それを嘲笑うかのようにからかってくる立花仙蔵。彼はまさしく、人をおちょくり遊ぶのが趣味である鉢屋三郎と似た者同士だと認めざる負えないだろう。






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090719