本来ならば委員会活動の時間だが、私は今学級委員長が集まる部屋ではなく図書室に居た。 何故そんなことになっているのかと言えば、雷蔵が新しい書籍が入り整理やカード作りになにかと忙しい時期なのに風邪をこじらせてしまって寝込んでしまい、身体を引きずってでも委員会に行きそうな雷蔵を布団に押し込めて、泣く泣く私が雷蔵の代わりとしてやってきたわけだ。 学級委員会の方には連絡を入れて本日の活動は休止とし(と言ってもいつもお茶を飲みながら雑談する程度なので支障はない)図書室に行くと、すでに集まっていた面々が扉を開けて入室した私の顔を見て「不破雷蔵先輩遅いですよ!」と両腕を引っ張った。 彼らは私を不破雷蔵と思い込んでいる。それも当然だ、この場所、このタイミングで鉢屋三郎がやってくるなど誰も考えやしないだろう。だから私は―― 「ごめんごめん、厠に寄ってきたんだ」 と、不破雷蔵の表情と声でニッコリと笑って見せた。 委員会活動はそれからすぐに始まり、雷蔵が心配していた通り、図書委員の仕事は酷く大変なものであった。 新しく入荷した天井に達するほどの本を見上げ、説明された仕事の量に内心げっそりとする。周りをみれば下級生たちが私の心の中の顔と同じ面持ちをしていた。 なのでここは不破雷蔵先輩らしく穏やかな顔をして「さぁ頑張るぞ」と小さな背中を押してやる。そうすれば子供達は各々らしい顔つきをして仕事に取り掛かり始めた。当然、私も本の山の前に立つ。しかし、雷蔵として図書委員の仕事を手伝いに来たのはいいが、ちらほらとボロが出始めていた。 仕様のないことだが、雷蔵にしか持ちえない情報と言うものがある。そう言うものを土台に会話をされるとどうしても理解できない。適当に流すか、おおよその辺りをつけて活動するも段々と面倒くさくなってきた。 正体を現すべきか否か悩みながらカバーの装飾を終え、貸出カードを封入した本を空いた棚へと収めて行こうと積まれた本を抱え立ち上がる。が、思いのほか量があり、ぐらりっとふらつく。 やばいかも、と思い少しだけ青ざめるも隣からそっと差し出された腕が此方の身体を支える。ハッと隣を見上げればそこに居たのは図書委員長の中在家長次先輩だ。 途端、顔に不快さがにじみ出そうになるも慌てて『僕は不破雷蔵だ』と言い聞かせ、慌てた様子で先輩に礼を告げる。すると、彼はぼそぼそと何かつぶやく。どうやら私の仕事を手伝ってくれるらしい。 全力で辞退したかったが、そこまで謙遜するのは雷蔵らしくない。悔しいことに雷蔵はこのひとつ上の先輩に大変心を許している。 したがって、私はこの先輩のことが気にくわないし、好きじゃない。 不破雷蔵としてこの場に居るのなら、彼と顔を合わせることも喋ることも否めないが、鉢屋三郎として彼と面と向かって話をしろと言うのなら、雷蔵には悪いが私は仕事を放り出してこの場から去るだろう。 ともあれ、私が持ち上げた本の山の半分以上を取り上げて無言で歩きだした中在家先輩の後を、私はひっそりと眉間に皺をよせた不機嫌面でついていった。 薄暗い本棚と本棚の間、目的の場所ではガラリと新しい本のために開けられたスペースが私たちを無言で迎え入れた。周りはみっちりと本の敷き詰められた棚なので、日の光も無く昼間なのに薄暗い。 鼻腔をくすぐる密集した本の特有のにおいに圧倒されていると、先輩が此方に向かってぼそぼそと喋りかけてきた。その紡がれた先輩の言葉を合図に、私は雷蔵らしい返事をしていそいそと本の収納に取り掛かる。 黙々と作業を進めていると、ふと手に取った本の背表紙を見る。そこにはどの場所に収めるという番号シールがあり、指標になっているが文字が掠れていて見えにくい。なんとか目を細め、番号を確認しその棚へと本を収め次の本へと手を伸ばす。 次に手に取った本を同様に背表紙で番号を確認し、その棚へと本を入れようと背伸びをした時だ。背後から音もなく中在家先輩の影が此方の身体をすっぽりと覆いつくした。 簡単に背後に立たれたことと、それに自分が気付かなかったこと、なにより中在家長次先輩と至近距離にあると言うことが全身を嫌悪で包み込んで、思わず大げさに身体が震えてしまった。 そんな此方の動揺など構うことなく、先輩は私の顔の横に腕を伸ばし一冊の本を棚の中から引き抜いた。それは先ほど番号が掠れて読みにくかった本だ。 「この本は…こっちだ」 と、先ほどまでの声よりも若干大きめな声音が私の耳元で囁かれた。 別に先輩に他意は無いのだろう。ただ、本を取るために先輩が少しだけ前かがみになって、そこがちょうど私の顔辺りだっただけの話だ。 先輩は本を入れ直すとすぐさま此方の体から身を離し、積み上がっている本の山から次の本を手に取り作業を再開し始めた。 これまでにないほどバクバクと脈打つ心臓を誤魔化すように、先輩の方を向いて不破雷蔵を頭の中で思い浮かべ口を開く。 「す、すみません中在家先輩……」 ちょっとだけ慌てた様子で、頬を赤らめて気恥ずかしそうに。たぶん、中在家先輩の前の雷蔵はこんな感じだ。だから、少し震えた声も赤らんだ頬も全部不破雷蔵のものだ。 先輩は本の背表紙に落としていた視線をゆっくりと持ち上げて、そんな私を小さな瞳の中に捉える。 「いや、お前はよく手伝ってくれてる」 やはりいつもより大きめの声量で、中在家先輩は言う。 確か、彼は図書委員の前では声を張らないはずだ。何故なら、図書委員の皆は小さな中在家先輩の声も聞きとることができる。逆に委員会の人間や同級生以外の者の前ではわりと気を使って声を出してくれる。それでも普通の人よりも小さめな声なので聞き取りにくいことに変わりはない。 そうしたことを考えると、ある結論に至ることになる。 まさか、と思い思わず息を飲み込む。そんな私に中在家先輩は留めのような一言を放った。 「ありがとう鉢屋」 それは鉢屋三郎を暴く言葉。 思わず不破雷蔵を忘れ驚愕に目を見開くと、中在家先輩は普段浮かべている強面な面持ちを少しだけ歪めて、不器用に笑みのような表情を作り私の頭を2,3くしゃりと撫でていった。 |
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090721