「わたし、立花仙蔵が嫌いです」 彼、鉢屋三郎は言う。相手が目上の先輩であろうと、傍若無人な彼には関係が無いようだ。 普通ならばそれだけで相手は怒りだしそうなものなのに、今彼の相手をしている立花仙蔵は鉢屋の物言いをあまり気にとめた風でもなく澄ました顔をして居る。 「嫌いなんですけど、先輩のその手は好きです」 ひどく矛盾を孕んだ言の葉を鉢屋は躊躇もなしに口にする。 好き、と称された手を眺めながら立花は「何故だ?」と、やはり澄ました顔のままで言う。 「作法を嗜む指先からは、幻術でもかけられたみたいに目が逸らせなくなります」 鉢屋がそう言って立花の手を取った。 その仕草は優しく丁寧で慈しみにさえ溢れている。普段の立花へ対しての辛辣な態度はその仕草の中に一片も見当たらなかった。 「なるほど、ならば私はお前の前ではいつも作法の嗜んでいなければならないな」 するり、と言葉に続く様に立花が手先を動かした。 彼の指は鉢屋の手の中から抜け出して、そのまま鉢屋の頬へと伸ばされる。 普段の鉢屋ならば触れる前に叩き落とすなり、嫌悪を隠しもしない表情へと変貌させるのに対して今日の彼は機嫌が良いようで、立花の掌を甘受し己の飾りものである顔に触れた手先の感触に心地よさそうに目を細めた。 「そうですね、しかしこうして私に触れてくる先輩の指も掌も爪も嫌いではありませんよ?」 「嬉しいことを言ってくれる」 小さな微笑を転がしながら立花は緩やかに鉢屋が好きだという指先で彼の顔の輪郭をなぞり、頬を滑るとそのままふっくらとした唇を優しい手つきで撫でる。 わずかに開いた唇の合間に指を這わせる立花にくすぐったそうに目を細め、鉢屋はその指を少し身体を前に出すことで浅く口腔へと招き入れた。 「今日は機嫌がいいみたいだな」 鉢屋の挙動に別段驚いた風でもない立花は軽くそう言って、己の指を咥えている後輩の姿を眺めた。 そんな立花の反応に鉢屋はと言うと、若干顔を顰めて見せて己の口に含んでいる立花の指先に見せつける様に歯を立てた。ただし、その力は指を噛み千切るようなものではなく子犬がじゃれつくような甘噛みである。 「健気な後輩が一生懸命誘っているんだから、野暮なことは言わずに誘いに乗ってくれるのが年上なりの優しさじゃありません?」 言葉とともに、指先をちゅっと音を立てて吸い上げた鉢屋。立花は愉快そうに微笑を浮かべ、ゆっくりと彼の口腔から己の手を引き抜く。細く白い指先と鉢屋の唇が緩やかに撓った銀糸で繋がるが、すぐにぷっつりと切れてしまった。 「お前には私が優しい人間に見えるか?」 「いいえ、全く」 引き抜いた指が纏う鉢屋の唾液を拭うように、立花はそのまま先ほどまで後輩の口の中に含まれていた己の指先に舌を這わせた。 鉢屋は自身が好きだと称する指先を真っ赤な舌が這う様を眺め、心非ずな様子で見入っていた。 「私はな鉢屋。手荒い方が好きなんだ」 立花はそう言ってにんまりと笑い、傍にある鉢屋の肩をトンっと押した。 強くはない、しかし弱くもない力に鉢屋は逆らうこともなくそのまま床の方へと倒れていき、その鉢屋の上に立花が圧し掛かる。 立花が浮かべていた笑みはどちらかと言うと鉢屋三郎が浮かべていそうな種類の笑みだった。 それを本人も鉢屋も分かっているかのようで、立花は楽しそうに鉢屋は皮肉に笑っていた。 「先輩の性格はひん曲がってますね」 器用に唇の右側だけを吊り上げて鉢屋は立花を嗤う。 しかし、立花自身そんな皮肉など痛くもかゆくも思っていないようで、そのまま鉢屋の肩口に唇を寄せて化粧の施されていない肌に歯を立てた。 「そんなこと重々承知だ」 小さな痛みが鉢屋に降りかかる。 命の危険などはないちっぽけな痛みだが、噛まれている個所が首と言う人間の急所の一つであるためか、鉢屋は小さな痛みながらもそれに戦慄する。 「立花先輩……性質、悪すぎ」 最後の足掻きと言わんばかりに、鉢屋は立花の舌先がなぞる喉を上下させて弾けた嗤いと共に言葉を吐き出した。 そんな鉢屋を立花は笑う。零れた笑い声と吐息が暴かれた鉢屋の肌の上を滑りなぞり上げながら、仄かな愛撫をしてゆく。擽ったさに鉢屋が身じろぐが、それを殺すように立花の手が鉢屋の肩に手を置いて動きを強引に押さえつけられた。 その行為に非難めいた視線を向ける鉢屋に対して立花は愉快そうに「今頃気がついたのか?」と、一言吐き捨て、何事か言い返そうとしたのか、僅かに開かれた鉢屋の唇に己の唇を重ね、鉢屋三郎が紡ぎ出そうとしていた言の葉をむしゃむしゃと咀嚼してしまった。 |
sozai(http://nobara.chu.jp/sss/)
090912