場所は忍術学園の奥にある林の中。太陽の光が幾層にも重なった木の葉の影に遮られ薄暗い世界が広がる一画で黒髪の子供が二人向かい合っていた。
 異様な雰囲気が二人の間を走り、血生臭さと肉の焦げた臭いが辺りに蔓延している。
「見ない顔だな…」
 さらりとした黒髪を頭の上で束ねた少年はそう言って腕を組み茂みから出てきた三郎を見下げる。その明らかに彼を見下した目線に三郎が不機嫌そうにムッとしながら「そう言うアンタは可愛い顔をしてなかなかえぐいことをするね」と、少年の背後にある焼かれた死体に視線を向ける。
 三郎の反応に彼は少しだけ意外そうに目を開くが、すぐに此方をあざ笑うかのように口元を歪めて見せた。
「お前はこれを酷いと思うのか、ならばそれを行った私は残忍で冷徹な血も流れていない鬼の様とみるか?」
 整った顔立ちをしている少年は三郎を馬鹿にするように、否世界を嘲笑うかのように、もしくはそんな己を自嘲するが如く可笑しそうにして言葉を発する。
 三郎は静かにその言葉を聞き、黙る。
 暫しの間をおいて彼はゆっくりと「そう見てほしいのか?」と確認を取るかのように尋ねた。三郎の言葉に少年は何も言わない。なので三郎は一人で勝手に話を進めていくことにした。
「アンタがその年で猫の爆死させて臓物をそこらに散らし血で辺りを汚そうと私の知ったことではない」
 そう言って三郎はすうっと腕を持ち上げて目の前の少年を指さした。
「アンタが鬼であれひとでなしであれ、アンタはアンタだろ」
 ニヤリと笑んでそう言った三郎に少年は目を見開き瞬いた。そんな少年の反応に満足そうに三郎は笑みを深める。彼は誰よりも人が驚いた顔を見るのが好きな子供だったからだ。
 今日初めて会った少年に興味を覚えた三郎はそのまま彼との戯言の応酬を続けるつもりで、立ち去る素振りは見せずゆっくりと傍らの木の麓に近付いて、大きな幹に背を預け寄り掛かる。
「先の短い猫に同情したのなら爆死などより首の骨を折ってやるか、もしくはクナイで喉元を切ってやれよ」
 そう言って三郎は少年の後ろにある死体を見た。三郎にはその猫の先が短いことが分かっていた(死期が近づくと『穢れ』は濃さを濃密にさせると彼は知っていた)、恐らく少年も猫の先が短いことを知っていた。
 三郎には何故少年がわざわざそんな猫を手にかけるのか理解できなかった。だからこそ興味を持ったのかもしれない。
「爆死は趣味が悪い」
 三郎としては至極真面目な一言だった。彼にして見ると、爆発で跡形もなく千切れ飛んだ四肢は無様で醜く、綺麗な殺し方とは思えなかった。どうせ殺されるならば猫だって綺麗なままの方がいいだろう。少なくとも三郎自身はそう考えていた。
 しかし、あどけなさの残る子供が語る言葉ではない。見た目と言動のずれが三郎には見受けられた。そんな彼に唐突に目の前の少年が「貴様面白いな」と大きく笑った。
 彼の大笑いに驚かされたのは三郎だ。てっきり陰険で根暗な性分だからこんなことをしているかと思っていたのだ。そんな相手があっけからんと笑うので三郎は興を突かれ間抜けな面を曝してしまう。
 しばらく腹を抱えて笑っていた少年は一通り満足したのか、目尻の涙を拭いながら収まらぬ笑みで顔を飾って三郎を見る。
「驚いた。貴様は私を怖がらないのだな。こんな私を見た教師は顔色を変えて涙を流しながら命について説いた。上級生は気味悪がるように軽蔑の視線を寄越した。同級生は泣きながら去って行った」
 少年の言葉に三郎は黙る。
 目の前で起こった行為を見て、人が抱く感情は容易に想像がついた。しかし、そう言った他者の反応を受けても目の前の少年はこの行為を止めようとして居ないのだ。それはそれで興味深いと三郎は少年を見定める様に目を細めた。
「一体お前は何者だ?」
「そう言う可哀そうな猫を憐れんで爆死させてやるアンタの名前は?」
 三郎が聞き返せば、少年はゆっくりと口を開き「私は――」と言の葉を紡ぐがそれを遮る様に学園から大きな鐘の音が鳴り響いた。
 葉の隙間から降って落ちる鐘の音に三郎が空を仰ぎ、学園の方から此方へと向かってくる気配に目線だけ向けた。
「仙蔵!」
 林の奥から現れた子供が声を上げる。恐らくそれが少年の名前なのだろうと三郎は理解し、ゆっくりと視線を少年の方へと戻した。仙蔵と呼ばれた少年は真っ直ぐに三郎を見ていた。漆黒の瞳がまっすぐに向けられるが、三郎が木の幹から背中を離し「鐘が鳴ってしまった。私は行く」と言い木の枝の上へと飛び昇る。
 少年が何か言いたげに口を開いたが、その先を遮る様に一度だけ三郎は後ろを振り返り自身を見上げている仙蔵を見下ろしながら動物たちの死体を指さした。
「ちゃんと埋めて供養した方がいい。祟られるぞ仙蔵」
 悪戯な笑みに、知ったばかりの名を呼んで三郎はそのまま木の枝を踏みしめその場から消えて行った。
 仙蔵には三郎の後が追えなかった。忍として既に幾つもの修羅場をくぐり抜けている三郎と、忍術学園の下級生である仙蔵とでは雲泥の差があったのだ。
 取り残された仙蔵は三郎が去って行った方向をじっと黙って見上げていたが、そんな彼に背後から仙蔵の名を呼んだ少年がやって来て声を上げた。
「仙蔵、貴様またこんなことをっ!―って何をする!」
 ゴツリと脳天に落ちた拳に少年が隈が出来ている両目の目尻に涙を浮かべながら殴った仙蔵をキッと睨みつけるが、それの更に上を行く険しさを兼ねて仙蔵が少年を睨み返した。
「貴様のせいで逃げられてしまったではないか阿呆文次郎」
 忌々しげに吐き捨てる仙蔵だったが、そんな彼の言葉よりも文次郎は彼の背後に広がる光景に顔を顰め不機嫌そうな仙蔵を無視して動物たちの屍骸へと駆け寄って行った。
「おい、それよりもこれ片付けるぞ。全く祟られても知らんぞ」
 不機嫌面で文句を零しながら、文次郎と呼ばれた少年は横たわる動物の死骸をそっと持ち上げた。
 その手が血で汚れることも厭わずに自然とそうしてみせた彼の行動を仙蔵は何も言わず眺めながら、先ほどの不可思議な少年の名前を聞きそびれてしまったことを静かに悔やんでいた。






sozai (http://swordfish.heavy.jp/blue/index.html)
091016