kema and zenpouzi












 戦場は火薬と血肉を混ぜたに死の世界の臭いがした。そんなところに僕は居る。周りは屍だらけでさながら地獄絵図のよう。戦の熱が収まったこの場所で五体満足で茫然と立ち尽くしているのは後より来た忍の卵である僕たちだけであろう。そんな中で密やかに薫る生命の息吹を敏感に感じ取り、僕は風に流されるそのにおいの元へ急いで駆けていく。背中に大きな声がかかる、この声は同じ組の彼だ。不運だの不幸だの言われている僕の心配をしてくれているのかもしれない、しかしそれよりも申し訳ないことに僕は与えられた任務よりも目先のそれに囚われてしまった。
 しばらく走った先に探し物をみつけた。左は普通の人間では向かない方向に向いて一目でその足が折れていることが知れた。他にも腕は爆撃されたのか肩から下の部分は境に焦げ跡を残しただけで他は無い。恐らく爆発物でやられたのであろう、露わになっている男の腕はひどい火傷で赤く爛れていた。しかしそれらの傷が然程気にならないほどもっと強烈な傷がその者の顔にあった。脳天から斜めに刻まれた傷はその男の眼球をポロリと収まるべき場所から零すには十分で、赤黒く汚れた血走っている瞳が生気無く男の顔をえげつないものへと変貌させていた。
 しかし、その者はまだ息をしていた。生きている。
 辛うじてわずかに開いた唇の間から細く吐息がひゅうっと妙な音を霞ませながら零れていることに、ぶるりと僕の身体が震え歓喜した。そんな己に気づき慌てて危ない危ないと、心情を悟られないようにと表面上取り繕う。

「大丈夫ですか?」

 そんなもの視覚から取り入れる情報で答えなど聞かずともわかるもの。要には気持の問題だ。もしくは儀礼的なもの。そうして建前上、心配するような言葉を口にすることでこれから自身が行う行為に対する罪悪感を軽くしようとしている。しかし、そう言うことも可笑しい話かもしれない。だって僕は罪悪感など感じていない、もしかしたら罪悪感を感じていればこういった事をするかもしれない、という妄想の慣れの果てかもしれない。まぁそんな些細なことはどうだっていいことなのだ。
 そっと火傷を負っていない方の腕を優しく持ち上げ手首に指先を添える。とくん、とくんと小さく脈打つ命の声を聞きながらそれが徐々に弱くなっていく様子を静かに見守った。
 怪我の治療はしない。助からない人間に手を施してやることは無意味だと知っている。だから僕は何もせず、ただただ見守った。
 彼が死にゆくのを


 僕は、命の終りが理解できない人間だった。
 怪我をすれば痛い。熱が出れば辛い。だけど、死は、死はよくわからない。だから僕はこうして死の瞬間を見つければ、何を差し置いてでもそれを傍で観察することにしている。そうすることで死を理解できないものかと、高学年になって生死の瞬間に立ち会う機会が増えてからと言うもの欠かさず行っている、儀式のようなものだ。
 僕は死を理解したい。生命の終り、冷たい身体、動かない心臓、もの言わなくなる心。知りたい、と思った。
 目の前の、濁った瞳でこちらを見上げている名も知らぬ男はいったいどこへ逝ってしまったのだろう。死に触れた瞬間、僕はいつもそれに魅入られて切望する。

「伊作」

 だけど、いつだって邪魔が入るんだ。嗚呼、邪魔だなんて言ってしまうと彼は修羅のように怒るだろうから、邪魔じゃなくて引き止めてくれると言いなおそう。
 僕はとても死について興味があるけれど、一生懸命形振り構わず今すぐ死んでしまおうとは思わない。きっとそんなこと出来ない。僕には勿体ないほどのとても心優しい友達がいるし、なんと言っても僕は臆病者だ。

「なにかわかったか?」
「なにも。なにもわからなかったよ留三郎」
「そうか」
「うん」
「なら行くぞ」
「うん行こう」

 最後に、死に触れさせてもらった男の開いていた瞼を閉ざしてやった。こんな行為になんの意味があるのかわからないが、死人に対して皆そうしてやるので僕も皆に倣ってそうしている。
 閉じた冷たい瞼を確認して立ち上がる。膝に着いた土を払い先に歩み始めた友人の隣に並ぶよう駆け寄った。
 隣に並びわずかに顔を上げて友人を見た。彼は常日頃と変わらぬ面持ちで歩いている。

「あ、だけど最近。少しだけ分かってきたよ」

 彼から視線を外して僕も前を見据えながら、今晩の食事のことでも話すかのように口を開いた。

「僕ね、きっと君が死んでしまったら悲しいと思う」
「そうか」
「うん」

 言葉にすると、とても胸の内がすぅっと涼んで軽やかな気分になった。不思議なことだと思ったが、それ以上考えることはせず満足げに笑みを浮かべておくに留めておいた。そんな僕に留三郎は「俺も」とどこか投げやりに言葉を続けて

「お前が死んだら悲しい」

 と言った。
 彼の言葉に思わず足を止めてしまいそうになる。

「そう…なんだか嬉しいな」

 辛うじて、心の中に浮かんだ感情をそうして言葉にしてみせると、気付けば僕は薄く微笑んで笑みを転がしていた。






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090407