「ん?お前鉢屋か?」 「はい、そうですけど…なんですか七松先輩」 廊下を歩く不破雷蔵の顔をした鉢屋三郎を呼び止めたのは、彼よりひとつ上の学年の体育委員長の七松小平太であった。 呼び止められた鉢屋はきっちりと足を止め、自分名を呼んだ先輩を振り返る。すると、七松はそんな鉢屋の首元にガッと顔を近づけてスンスンと鼻を利かせるではないか。いきなりのことにさすがの鉢屋も引きそうになるが、この先輩の前で挙動ひとつひとつに驚いていたら体力がもたないことを知っているので、何も反応をせずに七松の方が動くのをじっと待った。 「鉢屋から甘い匂いがする」 「…そうですか?」 「女の授業でもしたのか?」 「いえ、今日は特には」 鉢屋の首元に顔を近づけたまま目線だけを上にあげて鉢屋に語りかける七松に鉢屋は否定の言葉を吐く。 「なら個人的に誰か誘った?」 今度は、肩口から顔を上げ鉢屋を真正面から見据えて尋ねた。 鉢屋は何も言わない。肯定も否定も吐かず閉じられた唇に、七松がにやりと口を吊り上げ「当たりか」と愉快そうに言った。 そんな先輩である七松の反応に気を悪くした様子の鉢屋がぶすっと眉間にしわを寄せて「だから、なんです?先輩には関係ないでしょう」と冷ややかに言い放つが、それに対して七松が大きな声でそんなことはない!と叫ぶように言った。 「お前がそんな甘い匂いをさせてるから我慢できなくなってきた」 子供のような笑みを浮かべ、七松はそのまま呆気にとられている鉢屋の身体を廊下に押し倒した。 いきなりの展開に付いていけなかった鉢屋がようやく事態を飲み込めたようで、天を突くような甲高い声で「はぁ?」と非難がましい音を吐き出した。 「最近ご無沙汰なんだ!鉢屋責任取ってくれ」 「いやいやいやいや、何言い出すんですか先輩」 青筋を額に浮かべながら、七松の身体をどうにか押しのけようとする鉢屋だったが、如何せん相手は上級生、その上体育委員長だ。力の差は歴然で鉢屋が押し負けることなど容易に想像がついた。 (誰でもいいから、来てくれっ。頼む!) と、日中に学園の廊下で襲われるのは頂けなかった鉢屋が心の中で鎮痛に叫びをあげる。すると日頃の彼の行いの成果か、鉢屋たちが取っ組みあっている廊下に生徒が通りかかった。 「……ほぉ。面白そうなことをしているな」 「あ、仙蔵」 ただ、日頃の行いを思い返してみても良いことなど片手で足りる鉢屋だ。 天の助けを期待するどころか、天に見放されたような気持ちになり、茫然とさかさまの視界の中で愉快そうに鉢屋を見下ろす、これもまたひとつ上の学年の立花仙蔵の笑みに、鉢屋は顔を引きつらせた。 |
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09/10/25