隣の少年は雷蔵と言う。××雷蔵。彼の苗字に名馴染みがないので私は彼を昔と同様に雷蔵雷蔵と呼んでいる。頑なに彼の苗字を認めたがらない私を彼は不思議そうに笑う、常のことだ。

「ねぇ雷蔵。私はね、母親の腹の中に居たことを覚えているんだ」
「へぇ、そりゃ凄い。僕は全く覚えがない」

 昨日のお笑い番組について語り合った後だった。突拍子もない私の言葉に彼は眼を丸くさせて笑う。
 実は私××三郎は母親の腹の中に居た時の記憶がある。もっと詳しく言えば腹の中の前の事も覚えている。俗に言う前世の記憶だ。否、前世も前前世もまたその前もだ。
 私は私が始まったころからの記憶を所持している。
 世が戦国の時代だったころ、私は鉢屋の名前を被って、何の因果か今と同じく三郎という名をつけられていた。
 その時、私と共に人生の一部を歩んでくれたのがこれもまた何の運命か、今隣に居る雷蔵だった。その頃の名を不破雷蔵という彼は嘘のようにあの頃と同じ顔をして私の前に現れた。
 しかし、彼に昔の記憶はない。否、あったとしても私は私が鉢屋三郎であることを告げないだろう。

「けどね、三郎僕は――」

 雷蔵の座る椅子がきしむ。彼が前に重心を傾けて、私たちの間にある机に体重をかけながら前の席に座る私の顔をのぞき込んだ。
 なんとなく、雷蔵の冴えた瞳に射抜かれ、理由もなくそれから先の彼の言葉を聞いてはいけないような気がした。

「母さんのお腹の中に居た記憶はないけど、前世の記憶ならあるよ」

 私の勘はよく当たるのだ。

「……なんだ、せっかく私が驚かせようとしたのに私が驚かされている」

 まだ短い彼との付き合いで気づいたことは、××雷蔵は嘘を言わないということ。それを私は十分に理解していた。だから彼の言葉がどれだけ突拍子もなく現実に考えられないような言葉でも私はそれを受け入れた。そしてただ驚愕して拗ねてみせる。私にも同じく過去の記憶があることは悟らせてはならない。

「雷蔵、お前の前世はいったいなんだったんだ?」

 そう尋ねる私を雷蔵は探るような眼でのぞきこんでくる。
 本当に彼の記憶があるのなら私の先ほどの発言は大きなミスだ。
 しかし、雷蔵に私が鉢屋三郎だとばれるとは思っていない。そもそも彼には素顔を見せていなかったのだ、今の私はあの時のように変装をして彼の顔をしている鉢屋三郎ではない。

「……それよりも僕は君の話が聞きたい」

 彼はしばらく私と無言で顔を見つめ合ったのち、首を振り雷蔵は体をゆっくりと背もたれの方へと戻す。
 酷く接近し、見えなくてもよいものまで見えてしまうであろう距離から、私たちの距離は普通の学生の友人同士の距離へと戻る。

「お腹の中での事や、幼稚園、小学生、僕と出会う前の三郎の話が聞きたい」
「そんなに大した話なんて無いんだけど?」
「それでも僕はお前のことが知りたいよ」

 雷蔵は気づいているのだろうか。もしかしたら気づいているのかもしれない。
 けれど、私は彼に自分の正体を明かすことはできない。
 
「な、三郎」

 にっこりと笑う雷蔵の笑顔がまぶしい。
 私は過去の罪に心を萎ませ心臓を握りつぶされるような痛みを感じながら必死のポーカーフェイス。
 雷蔵にわたしの存在を明るみにさせてはいけない。
 私は必死に逃げている。今も、きっとこれからも。

 ――雷蔵には今度こそ、幸せになってほしいから。




09/10/25