「兵助は卒業後はフリーの忍者か」

 ぽつりと三郎の言葉が星空に昇っていった。
 卒業をあと少しに控えた冬の日のことだった。
 兵助はそんな三郎の隣に座って、彼と同じように星空を見上げていた。

「三郎はどうするんだ?」

 同じ学年の友人達の進路先は既に聞いていた兵助だったが、隣の青年鉢屋三郎のこれからについてを知らずに居た。

「さぁ私はどうしているだろうか」

 三郎はいつものように茶化した雰囲気で言の葉をもてあそんだ。
 付き合いの長い兵助は三郎がそれ以上のことを語らぬことを悟り、それ以後口を噤む。
 二人の間に冷ややかな夜の空気が過ぎ去ってゆき、彼らは無言でそれらを見送って、星空を見上げていた。


 血の香る戦場と化した城下でクナイを振りかざし、侵入者の首を掻っ切った。
 フリーとして活躍しながら、今回の依頼人は城主で、彼の城を守ることがこの契約だ。交わした仕事は無論成功させる。今回の襲撃も、もうすぐ鎮圧されるだろう。
 だが、しかし。一人だけ、明らかに他の者とは違う者が居る。
 戦場の空気に紛れるようで悪目立ちをする異彩を放ち、しかしそれを実行させるだけの実力を兼ね備えた忍。
 その忍の動きに翻弄されて、なかなか事体に収集がつかず、静かに兵助の心の中に焦りが顔を見せた。

「おや」

 そんな兵助の心の内をあざ笑うかのように、月明かりを背負った忍が片眉を吊り上げて「兵助じゃないか」と言う。
 突然、敵に名前を呼ばれた兵助はと言うと驚きに目を見開いて、その顔には冷静さなど全く覗えなかった。

「わからないか?いや、しかしこんなところで感動の再会を果たすとは」

 そんな兵助の反応に愉快そうに目を細めて、敵の忍は笑みを深めてみせる。その仕草に頭の中の記憶の糸が一二本引っかかるも、明確なイメージは掴めないでいた。
 くすくすと、小さく転がるような笑い声が夜風に乗って兵助のもとまで流れてゆく。おもむろに忍が腕を上げ、動きを見せた。
 兵助は緩みかかった緊張が張りを取り戻し、辺りに緊張が舞い戻るが敵の忍はそれを気にするそぶりも無く、頭巾を被る己の頭へと手を伸ばした。

「ほら、この顔だ兵助」

 そう言った男の手は緩やかにまとっていた頭巾の布を解いていった。
 敵の前に素顔をさらすということは自殺行為とも言えるが、男には全く迷いの色は無く、月を背中に頭巾の下に隠していた素顔をさらしだした。

「鉢屋三郎、か?」

 信じられない、そう言葉の裏に滲ませて兵助は昔の学友の姿に驚愕を隠せずに構えていたクナイを落としてしまった。

「正解」

 そんな兵助の反応とは反対に、三郎の方はニヤリと笑みを深くさせて月を背負ったまま愉快そうに笑っていた。




09/10/25