大地を照りつける太陽の下にひょろりと立つ一本の木。辺りは緑のカーペットみたく芝生が覆っているが大地に強靭な根を張り大きく背伸びをしている樹木はその一本だけ、他はどこまでも地平線の限りに青々とした草花が続いている。 ぽつんと立った一本の木の下には二人の男が居た。照りつける太陽から逃げるように、空に広げられた若葉の下に身を預け日光によって沸騰させられた空気を吸いながらも、どうにか体温をさげようと掌で仰ぐがあまり涼しそうな顔はしていない。 二人のうちの一人は長い髪をしていた。容易に地面に到達するほどの長さを所有した長髪は見ている限りこもった熱でたまらなく暑そうに見えた。 そんな見ているだけでも暑そうな髪を、もう一人の男が邪魔じゃないのかなっと思いながら腰にぶら下げた水筒を取り出し温くなっている水を喉を上下させながら飲み下す。そんな男の目線の先で、長い髪がひとりでにあみあみと勝手に三つ網になっていくではないか。 それを見て男は口に含んだ水を無様に吹き出し噎せ返った――なんてことはなく、喉の渇きを満たすほどに水を飲むと一気に少なくなった水筒の腹をチャポンと鳴らし栓を閉めて長い髪が編まれて行く作業をぼんやりと眺めていた。 彼にとって目の前の意思があるかのように勝手に動く髪というものは別段珍しいものでもなく、むしろ日常的な情景であった。 「…前から思っていたんだけど」 暑い暑いと苛立った様子でぶつぶつと言葉を零している長髪の男に、彼に比べれば俄然短い―というよりも一般的な髪の長さをした男が疑問符を頭の上に浮かべて問いかけた。 「サニーはいったいどうやってその髪を洗ってるんだ?」 「自力」 「…大変じゃない?」 「美しさのためならしょうがないし」 それはサニーと付き合いの長い男のささやかな長年の疑問であった。 長く鬱陶しそうな髪だが、サニーの髪はいつでも綺麗に整えられているのを目の良い男はいつだって感心して眺めていたのだ。 「そだ。な、ココ。なら今日はお前がやってくれよ」 「なにを?」 「なにって洗髪に決まってんだろ」 そう言って編み終わった長髪を揺らしながら立ち上がったサニーは、もうひと踏ん張り頑張っかな!と声を上げて仁王立ち。困惑気味で未だ腰を下ろしたままのココに振り返り、川が見つかったらその時は宜しく。とココからしてみれば全然ありがたくない言葉と共に、華麗なウィンクをひとつバチン、と飛ばしてきたのであった。 * * * 「サニーはその厚顔無恥っぷりをどうにかした方がいいんじゃないか」 もっと丁寧に!優しく!爪立て過ぎ。などなど、文句がキラキラと日光を反射させてせせらぎを奏でる川の淵で飛び交う。 かいた汗を流すために衣服を脱ぎ棄て川に飛び込んでしばらく。数時間前にサニーが思いついたように発言した内容が、冗談だろうと忘れかけていたココに再び命令調で告げられ、今に至る。 道中でサニーは天然のシャンプーとリンスを手際よく調達していた。それを手渡され、水分を含んだ長髪を目の前に岩場に腰掛けたサニーにココはしぶしぶと掌にシャンプーとなる花の蜜を広げて膨大な髪の毛に指を差しいれたのだ。 「って言いながらココはなんだかんだ言って洗ってくれてるし」 「それはサニーが…」 「はいはい、りがとよココさん」 「全く感謝の念が伝わってこないが」 溜息とあきれ顔の割にココの手はしっかりとサニーの髪の毛を天然のシャンプーでもこもこと泡立たせながら洗っている。 口調とは裏腹にきっちりと仕事はしているようで、サニーの方も喉を擽れる猫のように上機嫌そうな表情で、今にも喉を鳴らしそうに見えた。 そもそもサニーからココに髪を洗わせること自体が驚くべきことなのだった。髪の毛一本一本に神経の通うサニーにとって他人に髪を触られるということは、他人に自身の神経を直に触れられるも同じようなこと。それをココに許す辺りからココに対しての信用の度合がうかがえる。例え日々毒だ毒と口にして居ようとも、サニーはけしてココが嫌いなわけではないのだ。 「けど、やっぱりサニーの髪は綺麗だね」 「あ?」 「色もだけど艶も、発せられる電磁波も、滑らかで美麗だ…まるで悠久の輝きを誇る月光のように煌めいて」 そう言ったココの顔には朗らかな笑みが浮かべられていた。 自身の発言をなぞるように、彼の手先は優しく慈しむようにサニーの髪を洗い、天然のシャンプーとなった花の蜜が甘く濃密な香りを薫らせながら彼らの間にふわふわと漂う。 「…まえ、知ってたけど恥ずかしい奴だな」 「なにがだ?」 「素でさっきの発言をするところだよ!んの優男!」 髪を洗われていることでサニーは顔を動かすことができずにいたが、本当ならばキッと後ろを振り返り背後に立つココを鋭く睨みつけたいと思っていたが、それが叶わない現状では、サニーは口から発する言葉を鋭くすることで、内に溢れた気恥ずかしさを発散させようとしていた。 しかしサニーのその様子も、自分の発言になんら疑問を持たず自覚をしていないココにしてみれば不思議なことにしか留まらず、ココは自然と首を傾げて「なにを怒ってるんだサニー」と彼の髪をわしゃわしゃと洗いながら疑問の言葉を呟くだけであった。 |