Alcoholic kiss



 性質の悪い酔っぱらいが一人。ボクの目の前に居座っている。気付かれないように溜息を零して、半ば命令されて作った酒のつまみをちみちみと摘んでいた。

「俺様の酒が飲めねぇのかい、優男さんよ?」

 そう言って机の上にだらしなく身を乗せているサニーが顔にかかっている長い髪の合間から、ねっとりとした視線で此方を見上げて手の中の瓶を揺らす。
 言わずとも、一瞥すれば明白なほど見事に出来上がっている。何にって性質の悪い酔っぱらいに。
 サニーがここまで酔うことも珍しいが、その場に自分が居合わせることも珍しい。だからボクはこうなったサニーの相手を一対一で行うことは初めてと言ってもよくて、ぶっちゃければとても面倒なことになったと思っている。

「まえ、今性質の悪い酔っぱらいに絡まれてうんざりだって思っただろ」

 サニーが酒で紅潮させた頬を緩ませてにやりと笑う。
 内心を読まれたボクはと言うと、思わずドキリとしてつまみを咀嚼していた好意を制止させて此方を見上げるサニーの顔をまじまじと見返した。
 そんなボクを可笑しそうに、酔っぱらいサニーはくくくっと笑みを滲ませてのったりと右手を持ち上げた。
 彼の指先がツンっとボクの眉間を突っついて離れて行く。差し出されていた人差し指の先に焦点を持っていっていたボクは知らぬ内に寄り目になって、彼の奇怪な行動を見守っていた。

「眉間、皺寄りまくり」

 どうやら見事なしかめっ面を浮かべていたようだ。酔っぱらいの相手などわずらわしいと顔に出してしまっていたようである。
 取り繕うにも、相手は気心しれたサニーなので、今更笑みを浮かべて機嫌を窺うのもバカバカしくボクはそのまま脇に置いてある水を飲もうと雫を纏ったグラスに手を伸ばした――が、

「ほら飲めって」

 グラスはサニーの触覚によって奥に下げられ、代わりに先ほどから彼が進めてくる酒の入った瓶が伸ばしたボクの手の中に収められる。

「サニー、ボクはお酒を飲むと毒の制御がうまくできなくなるんだって説明しただろ」

 そう言って握らされた酒を机の上に戻す。
 すぐにサニーの触覚がそれを絡み取って、中身の少ないその瓶をちゃぽんちゃぽんと揺らしながら「んなの俺の知ったこっちゃねぇし」とケラケラ笑い声をあげる。
 そうしてまた酒を飲もうとする彼をいい加減止めてやらないと、明日二日酔いで苦しむ姿は目に見えている。なんせサニーは四天王一酒に弱い男だ(ただしボクを除いて)

「サニー」

 酒瓶を取り上げようと身を乗り出して机の上に手をついてサニーの方へ手を伸ばすが、ボクが酒を取り上げようとしていることに気づいたのか、サニーが先ほどまでの調子の良さそうな笑みを引っ込めてぶすっと顔を膨らます。

「いい加減にしとけ、明日後悔するのはサニーだぞ」
「るせぇ」

 そうして不機嫌そうに酒を呷って、そのままボクの伸ばした腕を引っ掴むとそのまま強引に腕を引っ張られた。驚きに目を丸くして、倒れないように机につっ立てていた反対の腕に力を込める。そんなボクに構いもせずサニーはサニーで身を乗り出してきて、気付けば鼻腔を突くアルコールの臭いと真っ赤な茹でダコみたいなサニーの顔が鼻先にあった。
 驚き声を上げようとしたため、ボクは唇を開いてそこから音を紡ぎ出したがあまり良い判断ではなかったようだ。

「んっ…」

 舌の上に広がるのは甘く苦い洋酒の味。瞬時に体内でアルコールを分解する酵素を作り出し、酔うという状態にならないように調整をする。
 絡まる舌に翻弄されて、熱く火照ったサニーの舌と共に入り込んだ酒はそのままボクの喉を下り胃の中へと納まってしまった。
 そのことに満足したであろうサニーがゆっくりと触れ合っていた唇を離して、何故だかボクを睨みつけてくる。常識的に考えると、いきなりキスされたボクが怒って彼を睨みつけるのが道理のような気がしなくもないが、あいにくボクは酔っぱらいの行動に呆れて怒りは溢れてこない。

「……んだよ、そのしかめっ面。美しくないな」
「君が口移しで酒を飲ませようとするからだよ」
「んん、俺様がまえのぶっさいくな面を美しくしてやる」
「聞け、よ、サニー」

 ぐぐぐっと顔が動かなくなる。いつの間にかサニーの触覚がボクに絡みついてるじゃないか、くそ冗談じゃないぞこの酔っぱらいめ!
 神経毒でも喰らわせてやるっと、意識を集中させて毒を生産しようとしふと気づく。なぜか毒が生成できない。
 もしかして、もしかせずとも先ほどサニーに口移しで含まされた洋酒のせいか。毒が作れずサニーの触覚に捕まってしまったこの状況。自然と顔は青くなる。

「待て、ま、て、サニー冗談が過ぎる、ぞ!」

 ボクが取り乱して慌てるのが面白いのか、サニーの顔が優越でにやりと歪む。

(こいつ、明日、毒のコントロールが戻ったら、とびっきりを、盛って、やるッ)

 ふにゃり、と唇に触れた柔らかな感触と次いで口内にスルリと忍びこんできた生々しい熱の感触を感じながら、ボクは心の中で目先にいる男に向けて罵声の言葉を吐き捨てた。




090614