「本気で言ってるのかよ、ココ」 「冗談に見えるかい、トリコ」 青ざめた顔をしたトリコが唇を震わせながら言う。心の中にはこんな結末ずっと前から潜めていた癖に、今更それに気づいていない振りなどしなくてもいいのに。そうは思うが、それは指摘しない。してしまっては、彼が可哀そうだろうからね。 代わりにボクはトリコに繰り返す。 「お前の手でボクを殺すんだ」 トリコの顔が青ざめる。物珍しかった。トリコが顔色を変える機会など草々巡り合わないし、トリコの場合たとえ顔色が変わる程の窮地に追いやられても不敵に笑んで、その窮地さえ美味に料理してしまうのだから。 自分の願いが、彼にとって料理できないほど大きなものだということが、こんな状況の己には酷く嬉しいことであった。 トリコが青ざめた顔のまま何か言おうと唇を開くが、それを遮るように喉を震わせたこちらの言葉の方が早く外へと飛び出す。 「もう駄目なんだ、ボクは生きていられなくなった。それと、他の奴に殺されまいとボクは殺しすぎた」 気づくと無意識のうちに自虐的な微笑が零れてボクの顔に張り付けたような笑みが浮かんでいた。 言葉の通り、ボクは殺しすぎた。ボクが生きていると困るボク以外の人類がボクを殺しに来た所を赤子の首を捻るよりも簡単にあっさりと。 「けどそれはココが自分の命を守るために―」 「いいや、それは詭弁だよ」 トリコの言葉を否定する。彼の顔が歪む、しなやかに此方を攻めるかのように寄った眉間と、細く鋭く此方を見据える双眸。トリコはまだ何か言いたそうな目をしていたが、ボクは言葉を続ける。 「ボクは理解している。そう、理解した上でボクはボクの命を狙ってきた奴らを逆に殺したんだ。殺されるのは自分だと、それが道理だと知ってて…」 ボクの両手は汚れていた。 それが自身の体内で生成された毒なのか、それとも自分が殺してきた相手の返り血なのか。ボクには分からなかった。 「我儘なんだ。ただ、死ぬならお前の手で死にたいって言う」 視線を落としていた両手の平からゆっくりと顔を上げ目の前に居るトリコを見た。 彼は酷い顔をしている。似あわないと思ったが、その顔をさせているのは紛れもない自分だったのでそれについては何も言わずに続けた。 「IGOの奴らでも、他の四天王でも、ましてや自分の手でもなく――」 酷いことを言っている。自覚している。だからこそなお性質が悪いかもしれない。 けれど、この考えを譲ることだけは出来なかった。 「俺はお前に殺して欲しいんだ」 トリコが泣きそうな顔をする。 どこかで見た顔だと思ったら、とても遠い昔。まだ庭で絶望し悲観しきっていたボクに見せた幼いトリコの表情と似ていた。 目の前の男はあれから何年も経っているというのに少しも成長していないようだ。 「嫌だ」 「わかっているだろう」 「俺に」 「このままじゃ」 「ココは」 「ボクは」 「殺せない」 「世界を殺してしまう」 「ボクを殺せるのはお前だけだよトリコ」 目の前のココは綺麗に微笑んだ。 喉がカラカラに乾いて、生唾をいくら飲み込もうともちっとも改善されやしない。 呼気がいちいち通るたびに引っ掛かり不快だった。けれど、それ以上にココの言い草も思考も言葉も微笑も、何もかもが不快だった。 「頼む、トリコ」 ココはめったに頼みごとなんかしやしない。それはいつだって彼が自分の力で苦難を乗り越えてきた事情もあるが、彼が人の手を借りることを酷く嫌がる背景もあった。借りを作ることが嫌だと言うが、それ以前に人と繋がりを持つことを嫌っているのだ。 そんな男が我儘だと称して臨むのは、俺との繋がりだ。 ココは俺に手前を殺させることで、未練など一切無いっと豪語するこの世界に最後のひと繋ぎの存在を残そうとしている。 「最後の願いぐらい、聞いてはくれないかな?」 ココは笑う。 奇麗に笑う。 そこに絶望の片鱗さえも見せずに、ただ一心に俺が与える死だけを望んで俺に笑いかける。 いつだって、そうだ。ココは笑う。綺麗に笑う。心は酷い現実に泣いているときだって、表面だけは瞳から涙を零そうと笑っていた。 ココは変わった、と俺は思っていた。心から笑ってくれるようになったと思っていたのにそれはどうやら間違いだったようだ。 何も、なにも変わってやいやしない。毒化した己を一人で攻め立て庭の片隅で膝を抱えて泣いていた時と、なにひとつ変わってやいやしなかった。 |
逐電の逆さ微笑