Temperature
「トリコ」 名前を呼ばれたことでトリコは肉に齧り付きながら進めていた足を止めた。 ゆったりと振り返り、後ろからついてきていたココを振り返る。なんだ?と目線で問いかけるトリコと、音で無い言葉に気づいた声の主ココの目線がぱちりとぶつかり合った。 「触ってもいいかい?」 ココの口から零れた言葉に、トリコは驚き眼を大きく見開いた。 彼が驚愕するのも無理もないことだった。彼の目の前に居るトリコよりも少し背が低くトリコ程図体も大きくないココは、彼の性質上人と触れ合うことを良しとしない傾向があった。 いつもココへと接触するのはトリコで、逆にトリコへとココが手を伸ばすことは今まで一度たりとも無かったのだ。 トリコは自分の顔が否応なくにやけてしまうのを感じていたが、それを隠すことはせずに逆に満面の笑みに変えて「いいぞ」とココに笑いかけた。 突然の申し出に断られるかどうか不安だったのだろう、少し伏せ目がちで心配そうな様子をしていたココがトリコの返事にパッと顔を緩める。それは本当に些細な変化だったが、ココのことを見続けているトリコはココの嬉しそうな表情に気がつき、更に心が躍るような気分にさせられていた。 戸惑いがちに延ばされたココの手がそっとトリコの手を取った。 体温の高いトリコの掌を握り、ココは繋いだ手をじっと見つめていた。 ココの手はとても冷たい、とトリコは思う。彼自身の高い体温がそう感じさせるとも言えるのだが、トリコはそうではなく、ココがいつもひとり誰とも触れ合わないから冷たいのだと思っていた。 ひとりで誰とも触れ合わずに熱を分け合うことも共有することもしないココをトリコは凍えてしまわないだろうかと不安に思うことがあった。 だからトリコは嫌がるココに構わずスキンシップとして彼によく触れていた。少しでも、ほんの僅かでも、彼に自分の体温が移って暖かくなりますように―そう願いながら。 「トリコは、」 両の手で包み込むように恐る恐る握りしめているトリコの手へ視線を注ぎながらココは小さな声をぽつりと滲ませ、彼らの間に流れている空気をゆらゆらと揺らした。 「つめたくない」 静かに目尻を緩ませて、綻んだ表情。冷たくない、と言うココにトリコは呼吸を飲み込んでココを見た。 目を見開いて黙り込んだトリコはココの言い草がまるで人は冷たいものだと、ココが触れた相手はどれも温もりがなく冷たかったのではないかと、そんな風に勘ぐってしまう。 そしておそらくトリコの推測は正しく、間違いではないだろう。それが分かっているからこそ、トリコは胸の内に湧き出てきた寂しさと悲しさにぎゅっと唇を結ぶ。 「あたたかいな」 ココは笑う。子供の持つあどけなさを惜しげもなくその顔に浮かべて。 トリコは知っていた。ココがこんな風に笑ってくれることが奇跡のようだと。 あの頃のココに比べたら、今のココは生き生きとして輝いていることも。 「人は、あたたかいものなんだな」 当然のことを、今しがた知ったかのような口ぶりでココは言った。 至極、幸せそうな面持ちのココにトリコはついに辛抱できずココが握る手を振りほどき、そのまま目の前にいるココを抱きしめた。 突然のトリコの奇行にココは驚き声を上げた。 先ほどまでは互いの合間に確かにあったはずの距離はゼロとなり彼らは密着している。ココはそれが嫌なようで、どうにかトリコの腕が解けないかと腕が作る囲いの中で身じろぐがトリコの抱擁が解ける気配はなかった。 |