高そうなホテルの敷居を踏み、エレベーターの浮遊感に脳味噌を揺さぶられながらチンっと言う目的の階にたどり着いたことを知らせるベルの音でノロノロと顔を上げた
左右に開かれた扉の隙間を腕を引かれて通り過ぎて、ガチャリと音がして部屋の扉が開かれる。アイツは無言で部屋の中に入りその手に持っていた自分の刀を丁寧に机の上に置いた
それを見届けて、自分は一直線に水場に足早に駆けて行く
広い洗面所とそこから続く風呂場の規模に、この部屋が大層高いホテルの一室であると推測された
綺麗に磨き上げられた洗い場に少しだけ申し訳なく思いながら、鏡に映った自分の顔をみて嘲笑を零す

「ひっでぇ顔」

殴られた痕もある。しかし、それよりも髪にこびり付いて取れない男の精液の残骸の方が見っとも無い。疲れた顔をしている自分から顔を背けるように目を閉じて、徐に右手をノロノロと上げた。
肩に引っ掛けてある彼の上着がずり落ちそうになるのをもう片方の手で押しとどめる。上着は彼が助け出したときに被せてくれたものだ
そのときに自分を包んだ彼の儚い温もりだけは鮮明に記憶に刻まれていた
はぁっと溜息をついて大きく深呼吸。覚悟を決めてから、勢いよく右手を口の中に入れ喉の奥を刺激する。途端に込み上がってくる吐き気に右手を口の中から取り出して、胃の中の物を盛大に洗い場に吐き出した
それでも、まだ自分の胃の中に自分を犯した男達の物が溢れていると思われ何度も何度も同じことを繰り返し、最後には吐き出すものが無くなってしまった

「きもち・・・わるい」

最中のことを思い出したいわけでもなかった
ただ、脳裏を深く抉るような体験は自身の意思とは関係無しにあの時間を思い出させる
不意に鏡を見上げれば、彼が扉に寄りかかりこちらを見ていた
普段ならば表情を取り繕って笑いかけるのだが、その余裕すらない
振り返ると、彼は2、3歩近づいて手に持っていたガラスのコップを差し出す。中に入っているミネラルウォーターがユラユラと揺れていた

「ありがとう」

と言って受け取り一気に飲み干す
口の中に残っていた胃液のすっぱい感じが流されてある程度意識が晴れた気がした
その間も彼は何も言わずこちらを見ていた。彼からは濃い血の臭いがする(自分もだけれども)どれもこれも自分を犯していた者達の体を巡っていた血だ
あまり意識が明確でなかったので、良く分からなかったが彼の殺し方は普段に比べて余りにも杜撰で酷いやり方だった(と思う)
怒っていた。それは相手だけでなく自分に対しても
かける言葉もなく、またかけられた言葉も無くここまで来た
別に慰めの言葉は要らなかった。どうせならこっ酷く叱られた方が良い
けれど、彼が何も言わないので逆に不安になる
そんな彼が風呂に入って来いとそんな類のことを言ったので何も言わず頷く。扉が閉まると同時に彼が「馬鹿」と言った気がした
反射的に振り向いたが、そこでパタンと扉は閉まってしまい彼の顔は見えなかった

「声、震えてた・・・」

もしかして、泣いていたのかも知れない。と思いノロノロと扉に近づく
扉を隔てて直ぐのところに彼の気配を感じ
暫くドアノブに手を乗せて黙り込んでいたが、少し間がたった後そっと乗せていた手を外し扉の前から静かに退いた




080403再録