「ほら、見ろよ」

隣に座る男がそう言った
彼の視線をなぞる様に目線を辿る
その先では、海岸から顔を覗かせた真っ赤な太陽。日の出である

「俺、久しぶりに日の出なんて見た」
「・・・拙者もです」

呟くように返事をして、海を彩る太陽の姿に目を細めた
チラリと覗き見るように隣に座る男の顔に視線を向ける。歳を経てもなお残る子供のような無邪気さで表情を飾っていた男はそれを朝日に向けて座っていた
それがすごく彼らしいと思うと同時に、そんな子供のような笑顔には不釣合いな赤が頬にこびり付いていた

「どうした、バジル?」

視線に気がついた男が自分に向き直り、首を傾げる
彼と出会って10年が経った。大人びたと思うと同時に変わっていないとも思う
しかし、それでも変わってしまったと思わせる赤が鮮明に瞳に焼き付いて離れない

「頬に、付いてます」

そう言って手を伸ばす
指先が彼に触れる前に一瞬彼に触れることを躊躇したが、そのまま己の指先で頬についた血を拭い取った

「あぁ、ありがとうバジル」

人差し指に付いた血に視線を落とし、それから自分の名前を呼んで彼は微笑んだ
自分が思うに、昔の彼はこんな笑い方はしていなかった

「さ、休憩もこの辺にして後片付けしないとな!」

彼は元気な声でそう言って立ち上がった
同時に、彼から血の臭いが漂ってくる。10年前の彼はこんな臭いはしていなかった。太陽と草木の香りにつつまれた只の青年だったのに

「山本殿」
「んー?」

すみませんでした。
と言いたくなった。けれど、言葉は出ずただ乾いた吐息が数回繰り返されただけ。自分の言葉を待っている彼に微笑んで「何でもありません」と言った
ほんの少しだけ、彼が悲しそうな色で瞳を濁した気がしたけれど、彼は直ぐに笑って自分の頭を小突きながら「変なバジル!」と笑い出した




080403再録