ある日を境に真っ赤な薔薇が部屋に届くようになった
差出人は不明。否正確に言うと良く知った相手でもある
両手で持ちきれないほどの真っ赤な薔薇の花束の中にうずもれた真っ白なカードに書かれたひとつのマークはミルフィオーレファミリーの家紋
最初はなんの悪戯かと放っておいた。薔薇は勿体無いが海に捨てた
ある日、仮名で借りているアパートのベルが鳴った。この場所はファミリー内でも親しい者しか知らない部屋だった
誰かが来るという知らせは無かったので、新聞か何かの勧誘か、または敵襲か用心してチェーンをかけたまま扉を開けた
「うおっ?!」
真っ赤な薔薇が隙間からの光景を全て埋め尽くしていた
驚いて思わず間抜けな声をあげる
真っ赤な薔薇の向こうから「お届けものです」と声がした。恐らく配達員だろう
チェーンを外しながら、思考を走らす。何故この場所が相手に知れたのだろうか
今まで届いた花束は直接アジト関連の場所に届いた(おかげで、時折獄寺や雲雀などに見つかっては小言を言われ、薔薇は無残な姿になった)用心はしていたつもりだったのに。
判子片手に扉を開ける、そこに居たのは配達員には見えない男が一人
目が合う。瞬間悟った。彼はこちら側の人間で、それでいて自分よりも強い人間である、と
悟ったものの反射的に刀を鞘から抜き去り、光を受けた刀身が姿を現す。それを目の前の薔薇の中を突き刺して男の首に突きつける
それだけで、背中は酷い汗だった
「何者だ」
男は首に突きつけられている刀など気にする素振りもなく笑っていた。とても無邪気なそれに旋律が走る
「会いたかったよ」
「・・・誰だ。名乗れ」
「業火の日曜日にボクも居たんだよ」
その返答に眉を歪める
彼の言う『業火の日曜日』とは今月の頭に山本が三部隊を率いてミルフィオーレファミリーの拠点を制圧した事件のことだ
言葉の通り、日曜日の夜に拠点を中心にその辺りが炎に包まれた
火薬の類が地下に保管されていたのか、炎は爆発となってあたりを焼き尽くし、話題になった事件でもあった
「そのときから君が欲しくなった」
「・・・・な」
男の笑顔を見た後、一瞬だけ意識がぶれた
気づけば眼前に真っ赤な薔薇が散らばって玄関のフローリングに背中がついていた
押し倒されたのだと、鼻先にある男の笑みでようやく気づけた。何が起こったのかは理解できない
軽く混乱をしていると、不意に唇に触れたやわらかい感触
驚いている間も無く、隙間から男の舌が口内に侵入してきた
激しく抵抗し、彼の体を引き剥がそうとその肩に手を置き力をこめるがびくともしない。それどころか、彼の舌はゆるりと歯茎の裏をなぞり、舌を吸い上げては甘く噛み付いて
武器の刀は倒れた拍子で届かない。心の中で毒づきながら、激しく男の下でもがき暴れた
その拍子で男の舌に歯を立てた
途端に口内は血の味に満たされ、鉄が鼻の奥を突いた
それに合わせて男の唇が僅かに浮き、咳き込みながら空気を吸い込む
「痛いじゃない」
そう言って目先の距離で口の端についた血を舐め取る姿はさながら画になっていたが、それに見惚れる余裕など存在しない
怒りに任せて殺気立ちながら「なんの、つもりだっ」と声を荒げると、彼は酷く可笑しそうに顔を歪めせせら笑う
「君が好きだから。キスしたいと思ってキスした」
そう言った男の声も表情も先ほどとは一変し真面目で「ふざけるな!」と叫ぶはずだった口は再びふさがれており、くぐもった声しか零れなかった
濃厚な接吻に酸素は不足して、そのためかうまく頭が働かずぼんやりとし、視界がぶれるようにぼやけ、男の唇が離れた後も抵抗する気力が起きない
首筋や胸元に印を付けられ始めようやく、おかしい。というところまで思考が漕ぎ着けた。しかし、だからといって上に乗った男を跳ね除けることはしなかった。体が脳からの信号を遮断したかのように動かない
男の手がベルトにひっかかる音がしたとき、本気でやばいっと思っているのに矢張り体は動くことなく冷たいフローリングに転がっていた
頭のずっと奥のほうが重い。まるで石でも詰め込まれたかのように。意識は明確なのにどこか現実味の帯びていない現状
そのとき場違いな電子音が辺りに響いた
その音で現実に引き戻されたのか、慌てて男の下から這いずり出てボタンの外されたシャツを胸元で握り締める
男は不機嫌そうな顔をして携帯電話に出ると「わかった」とだけ言って乱暴に回線を切るボタンを押した
「ごめんねぇ」
男は笑いながら申し訳なさそうな顔をして此方を見た
恨めしそうに携帯電話を握り締めて「呼び出されちゃった」と言う。こちらが何か言おうと口を開いた瞬間手の中の携帯電話が音も無く燃え上がり灰も残さず消えた
「また、会いに来るね」
そう言って男は屈みこむと額の髪をかき上げそこに口付けし、軽やかに踵返した
その背中に咄嗟に声をかえる
「お前の名前はっ」
中途半端に歩みを止めて、男は首だけ振り返った。清々しい笑みを携えて。
思わず沸々と殺気が根元より込みあがってきた
「白蘭。覚えててね、武」
やはり彼は微笑んで、ゆっくりとした動作で歩き扉を開けると目が痛くなるほどの光を背景に、自分の視界の中から消えていった
080403再録