むせ返るような濃密な香り
図られた。と気がついたのは、入った部屋が薔薇で埋め尽くされていたから
それもただの薔薇ではない。見たことも無い青色の薔薇だった
後ろを歩くツナの手を取って素早く建物の中から出ようとした。ここは危険だっと荒げた声でツナに告げると彼はやんわりと手を振り払い山本。と自分の名前を静かに呼んだ
多少気が動転していたところを彼の声が静かに沈め小さく悪いっと呟いてからツナと向き合う
「やっぱりこれも白蘭の仕業かな」
「多分。確証は無い、けど」
ツナは知っていた。自分に贈られてくる薔薇も、それの贈り主も
洗いざらい自分が彼に話したということもあるが、それ以前に彼は大抵のことを把握していた様子だった
「それなら、気をつけるのは俺じゃなくて山本のほうでしょう」
「おいおい、ツナ・・・」
「でも、青い薔薇なんて」
趣味が悪いっと言ったツナの腕に青い薔薇のツルが伸びた
驚いて咄嗟に後ろに下がるツナだがその腕には既に棘が食い込んで赤い血が流れ出している
まさか、言葉に反応して動いたわけではあるまい。とか、なんとか考えつつも冷静に自分の握った日本刀は青い薔薇の花弁ごとツルを一刀両断している
気づけば自分もツナも周りを青い薔薇に囲まれて行動に制限が出ている
やばいんじゃないかと、内心焦り始めた時ツナの向こう側に大きな鎌を振りかぶった死神のような真っ黒のフードを被った者が居たのを見えた
「ツナ!」
叫んで彼へ駆け寄ろうとするが、足にいつのまにかツルがぐるぐると巻きついており、棘が深く食い込む
痛みなど気にも留めず足を動かし巻きついたそれを引き千切る
ツナが敵に振り返り、その手のひらからでる炎が一瞬揺らめいた
「幻影だ。本体は別に居る」
「幻影?ちっ!けどよツナこれじゃぁ・・・」
埒が明かない。と言おうとした瞬間真っ青な薔薇の隙間から淡い光を受けたナイフが見えた
ツナは咄嗟に手の甲でナイフの横腹を叩き落としたが、その後ろに忍び寄る影には気づいていなかった
気づけば駆け出して、ツナと下から掬い上げるようにしてツナに襲い掛かろうとする刀身の間に身体を滑り込ませ、ツナを押しどけた
「山本!」
避けきれた、と思ったが刃先は自分の顎先を裂いてそこに血が群がる
左手で傷口を押さえ込み、右手で刀を再度構えなおした
目の前に酷い顔をした男が居たからだ
前に見たときは自信にも似た弾んだ色合いだった二つの瞳は、どこか絶望したかのようにくすんだ色をしている
泣き出しそうだと思えるほど歪んだ表情を浮かべる白蘭の手から静かに細身の剣が地面へ落ちて、襲い来る薔薇の幻影が消え去った
ひっそりと咲き乱れる青い薔薇の花が絨毯のように広がっている部屋の中でツナを背中に守りながら、立ち尽くす白蘭を睨みつける
「傷の具合は」
「大丈夫だ」
感情を押し殺したツナの声が後ろから聞こえた
出血しているけれど、命には別状ない。そう言おうと口を開くとグラリと頭が揺れた
驚いて目を細め眉を寄せた。心臓が大きく脈打つ音が耳の直ぐ傍で聞こえる。体中を駆け巡る血液の足音が頭の中で反響して酷く五月蝿い
「この剣の刃には毒が塗ってある。青い薔薇の毒が」
白蘭が先ほどの表情を引っ込めて淡々と、そう告げた
ツナが息を呑む気配が空気越しに伝わる
道理で。と納得すると同時に焼け付くような傷口の痛みを感じ、立っていられなくなり地面に膝をついた
ツナは取り乱すまでもなく、静かに白蘭を睨みつけていた。
それでいい、と頭の中で呟いてゆっくりと敵へ殺意を放つ
「解毒剤は、これ」
そう言って懐から取り出された小さなガラスの小瓶。蓋が薔薇の形を成している。真っ青な青い薔薇の
ツナが一歩前に踏み出した。力ずくで奪い取るつもりなのだろう
彼の戦闘の邪魔にならない場所まで移動できればいいのだが、と考えていると不意に白蘭が屈んで、その手の中の小瓶を地面に転がり放つ
軽やかな音を醸し出しながら、青い薔薇の小瓶は自分の膝にぶつかって動きを止めた
これには驚いて言葉も出ない。ツナも同様らしかったが、彼は「どういうつもりだ」と殺気を隠すことなく白蘭へ言葉を投げかける
「山本武は死んじゃいけない」
そう言って白蘭は自分を見下ろした
哀しそうな瞳に自分の姿を映して口を開いた
「君は僕のものだ。だから君を惑わす、君と一緒にいる全てを僕は壊すからね」
切なげに囁かれた言葉は自分とファミリーへの戦線布告
ツナが音も無く地面を蹴り白蘭へ向け跳躍した。しかし、ツナの拳が彼の頬を殴る寸前グニャリとその姿が歪み霞かかって消えた
ツナの腕が力なく降ろされる様を見届け、痛みと熱に蝕まれていく意識を手放した
080403再録