殺したターゲットには子供が居たのだ。と彼は言う
どこか、諦めきった様子で疲れたように喋る彼をひょっとすると、自分は初めて見たのかもしれない。そして、それは見てはいけなかったものなのかもしれなかった
「俺が、心臓を一突きしたんです。そのとき物陰に隠れてたそいつの餓鬼が泣き叫びながら飛び出してきて」
彼は手に持ったタオルで濡れた髪を拭いていた
いつも彼は仕事の後、濡れて帰ってきた。それが言わば彼の役目であり義務であるからだろうと、自分は推測することしか出来ない
「どんなに酷い奴でも、その餓鬼にとってはたった一人の父親で・・・。すげぇ泣き叫んで父親を呼ぶんだ。もう、死んじまってんのにな」
落ちるように彼がソファに沈む。弾んだ勢いで頭の上にのせていたタオルが僅かにずれ落ち肩の上に滞在地を変えた
「山本。子供は・・・どうした?」
これはきっと聞いてはいけないことなんだろう
長くこの世界に身を置いてファミリーを培ってきた自分にはわかる
その一方、彼がその質問を自分が問いかけてくるのを待っていたことにも痛いほど気づいてしまっていた
だから、あえてタブーである質問を彼に投げて寄越す
彼はそれを待っていました。とばかりに笑顔で受け止めてこう言った
「子供も殺しました」
酷く、痛そうな笑顔だった
「証拠も何もかも全部、雨が流していきました。だから、真実は全部俺の中にしか無いんです」
「それを俺に言ってよかったのか?」
「はい、ディーノさんだから言ったんですよ」
最後に「敢て」と付け足してから、彼は自分を見上げる
子供も殺すことはボンゴレファミリーでは禁忌である。10代目の名に懸けてそう暗黙のルールが制定されていた
それを容易く破り、自分に打ち明けたのはその10代目がもっとも信頼する親友である山本武で
打ち明けられた自分は、10代目の兄貴分であるキャバッローネのボス
自分がツナに告発するとか、そんな考えは目の前の彼には無いのであろうか。疑問に思うところである
「山本は、泣かないのか?」
「もう、泣いてきました」
ふと聞きたくなって聞いてみた
彼はサラリとそう言い切る。こんなに簡単に肯定の言葉を貰うとは思っていなかったので少々拍子抜けだ
そうは言っても、彼の眼は晴れ上がっているわけでもなく、おそらく雨に打たれながらひっそりと雫を零した程度なのだろう
優しい彼だ、涙を流さずにはいられなかったに違いない。それでも殺してしまうことが彼なりの優しさでもあった
「それじゃあ、山本は、笑わないのか?」
「・・・わらって、ますよ」
ちょっと眼を見開いてから、山本が口を吊り上げた
不器用なその生き様にこちらが苦笑を零してしまう
「ヘタクソ」
そういって、彼の額を指先で小突く
トンと指先が触れるとそれに合わせて彼の体がソファの背もたれに沈んだ
「あーひどいっすよ。ディーノさん」
ケラケラと笑いながら、彼は笑みを浮かべる
それが作られたものなのか見分けはつかないけれど
「ハハ、悪りぃ。そんじゃお詫びに今日の夕飯は俺が奢ってやるよ」
毎度の決まり文句になってきた台詞を彼に言うと、決まって山本は嬉しそうに顔を緩ませスプリングの軋んだ音を立てソファから跳んで自分の後をついてくるのだ
080403再録