血の臭いが深く木々が覆い茂る中で二人の男が背中合わせで立っていた
まだ日は高く天上には太陽が顔を大きく座っているのだが、その光も深い木々の葉の前ではなす術もなく、彼らの居る場所は昼間にも関わらず夜のように薄暗かった
「獄寺」
背の高いほうの男が構えていた刀を少し下げて、しかし殺気は収めず背中合わせの男に声をかけた
獄寺と呼ばれた男は黙り、なにも答えない
「凄い、ピンチじゃねぇ?」
そう言った男は今にも笑い出しそうなほど、声を弾ませていた。
実はこの男、極地に立たされれば立たされるほど殺し合いというものを自分の命を賭けにして楽しむという、趣味の悪い癖があった
なので、後ろの男は溜息混じりに諌めるように、肘で後ろの背中を小突いた
「おい、わかってんだろうな。勝手に飛び出すなよ」
「えー。この数ならいけるんじゃ・・・」
「十代目に心配をかけるな」
そう言うと途端に彼は口を摘むんだ
前にも一度同じような極地に彼は一人立たされ、そして刀を振るった
救援に駆けつけたものは、そこに居るのが一体誰だか分からなかったほどに、彼は返り血と自身の血で赤く染まっていた。雨を降らせれば大量の出血をしている自身も危ういということで雨も降らせず血肉の臭いに埋もれて呆然と死体の海に突っ立っていたそうだ。
彼には誤算なことに、その場には彼のボスである十代目も居て真っ青な顔をした十代目は泣きながら謝ったそうだ。
彼はそんなボスに笑ってみせたが次の瞬間卒倒してしまい、それ以来彼は一人で任務に当てられることが至極少なくなった
「わかってるって。俺の指輪と敵さんは相性最悪だし。俺だって死にたくねぇもん」
しかし、そわそわした様子で刀の柄を握り締める様子は説得力に欠けていた
もう一人の男が再び深い溜息をついて懐から煙草を取り出した。それは一種の彼が戦闘を始める合図でもあったので、背の高い男は少しだけ体を緊張させ横目で彼の様子を見守った
「いいか、山本一度しか言わねぇぞ。俺が十時の方向に道を作る。お前はそこからアジトに行って応援を呼んで来い」
獄寺と呼ばれた男がもう一人の男山本へそう言うと、彼は真剣な顔をして「獄寺!それはっ」と叫ぶように言った
「いいから、言うとおりにしろ」
「駄目だ!お前囮になるってもんじゃねぇか!」
焦るように言う山本に対して獄寺は淡々と「十代目のためだ」と言い切った
それを聞いてか視線は真っ直ぐ正面を見たまま、山本の顔が無表情の中に憂いを潜ませた顔で口を開いた
「本当に・・・ツナのためだけか?」
ぼそぼそと呟かれた言葉に獄寺が煙草を銜えたまま舌打ちを零す
まだ長い煙草を左手で口から離すと、彼は背中に居る山本の頭を捻らせその口を塞いだ
いきなりの出来事にか山本は大きく目を見開いて、彼を見返すが山本が何かしら行動を起こす前に獄寺は山本から唇を離していた
山本は煙草の味がする口を手のひらで押さえて正面に向き直った
「満足か?」
「・・・周りに奴さんが大勢居るのに」
「どうせ逝く奴らだ。見せ付けろ」
「お前、いい性格してんのな」
昔は違ったのに。と小さく続ける山本
それを聞いて獄寺が薄い笑みを零した
「なんだ、足りないのか?」
「いやっ!違う・・・けど」
小さく萎んでいく声は含羞のためか
僅かに俯いた山本を他所に、獄寺は煙草を吸い上げ
「アジトに帰ったら嫌というほど可愛がってやるよ」
「っ・・・」
煙混じりにその言葉を吐き出すと、小さな火種がダイナマイトの導火線を灯した
空に舞う幾つもの円筒。続いて鳴り響く轟音と湧き上がる爆風
影がいくつも動き出した
例外なく彼ら二人も動いた
山本は獄寺の横をすり抜ける瞬間、舞い上がった砂の隙間から「約束だからな」と言葉を乗せて、視界を埋め尽くす砂吹雪の中へ溶け込んでいった
080403再録