「10年後の俺はどうですか」

 僕よりも低い視線で問いかけられてきた疑問の投げかけに妙な心地になりながら、正面から彼を見直すことにした。
 まだあどけなさの残るその面持ちに込みあがってくる可笑しさを何とか喉元に押し留めながら「どうって?」と聞き返すと、彼は少し困ったように目線をさ迷わせながら「えーっと」と言葉を濁しながら、放つべき音を探している。

「変わりましたか?今の俺に比べて」
「別に」

 思いのほか即答してしまうと、彼は少し固い苦笑を滲ませて「そうっすか」と呟いた。

「なんだかつまらないっすね」

 俺って。と笑う山本武。どうやら未だ彼からしてみれば、10年後の雲雀恭弥に慣れていない様子で、どこどなくこちらに対する反応がギクシャクしている。
 つまらない、と呟いた彼の言葉を受けて僅かながら頭を働かせて目の前の彼と自分の知る彼の相違点を探してやると、存外早く見つかった。思わず「嗚呼けど」と呟くと、パッと目の前の彼がこちらを見上げて首を傾げる。なんだか慣れぬ視線の交差に思わず顔を顰めたくなったが、それは表に出さずに仕舞いこみ

「人が殺せるようになった」

 そういうと、目の前の幼い彼がピシリと固まった。予想通りの反応に滲み出る笑みを我慢できずに思わず顔が緩んでしまう。
 
「大丈夫だよそんな顔しなくとも」

 なにが大丈夫だ、お前になんかなにがわかる―っと言いたげな底冷えする色彩を瞳の奥深くに宿した山本に対して、一方僕は酷く愉快に彼の目の前に言葉の欠片を並べていく。

「幼い君が危惧しているような事態にはなっていないから」

 ピクリと眉が動いて僅かな反応。
 にんまりと唇の端を吊り上げて、笑ってみせると彼はどこか怯えたような面持ちでこちらの言葉の続きを待った。

「大人の君は自分の渇望を満たすために人を殺すような狂人ではないよ」

 見開かれる目に理解する。成程、山本武は今頃には既に自身の中にある獣の餓えに似た衝動を自覚していたのか。
 人当たりのよさそうな彼にそう言った衝動があると聞かされたのは、ずいぶん最近のことだ。人を斬る感触に嗤っている自分が居るのが怖くて恐ろしい――と、ひとり敵のアジトを壊滅させた男が、雨の中で赤く濡れて佇んでいるときに小さく呟いたのを聞いてしまったのだ。
 彼の中の獣染みた狂気に似たものを飼っている己は僅かながら気づいていたが、まさか10年も前からそんな感情を目の前の男が持っているとは思っていなかった。
 もしかしたらと思いカマをかけてみればこの通りだ。

「安心したかい山本武」

 そう言って、ニヤリと笑ってやれば青年は困ったように眉を八の字にさせて「えぇまぁ」となんとも歯切れの悪い返事を僕にくれた。




狂気の賞味期限


090203