「なんで君は寝たふりなんかしていたんだい」 先ほどまで群れるように歩いていた山本が、いつの間にかひとり集団から外れ一人足を進めている。その様子が一番後ろに居た僕からはよくわかった。そんな彼の後姿にふと、思い出した先ほど気になったことを問いかけてみれば彼は振り返り僕を見ると、当然のようにこちらの隣に並んで首をかしげて見せる。 「なんのことっすか」 「とぼけるの?まぁいいけど」 大して期待もしていなかった彼の答えだが、言葉にしてしまった手前そう言って切り捨てる。 すると、山本は困ったように眉を八の字にさせて微笑を浮かべている。 「あふれ出た疑問を」 しばらく進んだところで山本がゆっくりと口を開いた。 声につられて微妙にあいた距離を保ちながら隣を歩む彼へ目線を向ければ、山本は正面を向いたままその顔にまだ笑みを浮かべてぽつりぽつりと言の葉を落としていく。 「問いかけてしまったらツナの奴困っちまう。そもそもツナもよくわかってないのに」 彼はどこか慎重に言葉を選んでいるかのようだった。 そうでもしなければ、なにか、壊してしまうかのように、恐ろしそうに、怖がりながら彼は遠くを見つめている。 「負担は軽い方がいいに決まってるだろ」 そう言って笑いながら彼はコツンと足先で道路に転がっていた石っころを蹴とばした。彼の足が蹴った道端の石は勢いに身をゆだね不規則な動きで転がってゆきやがて僕たちよりもずっと前に行ったところで静かに、死んだように止まった。 「なら他の奴らに聞けばいいじゃない。赤ん坊はなんでも知っているみたいだし」 まるで彼は答えを知ることを嫌がっているかのようだった。だから彼は僕が提示したひとつの可能性を素直に聞き入れて脳の片隅にある部屋の中に安置すると、わかりきっているっと言わんばかりに笑みのまま「そうだな」っと返事をした。 その笑みが無性に癇に障った。なんだか今すぐにでもトンファーでその気に入らない横っ面を殴り飛ばしてやりたかったが、自身の体は不調だらけで一時の気の苛立ちに任せて目の前の男に喧嘩を吹っ掛けることは無意味のように思えた。そう、目の前の彼にそれほどの価値があるのかと問われれば無いっと即答できるほどに。今の山本武には普段感じるような獣臭さが見いだせずにいた。 どこか興ざめした気分で、隣にあるく彼を忘れながら今後のことを考える。とりあえず今ここがどこだか分からないからこそ同じ道を歩いているが、こんな仲良しこよしの集団と同じ息を吸うのも不愉快なのだ。 そもそも何故自分は彼らとともに居るのだ。道が分からないから?否、違う。疑問があったからだ。そしてその疑問はつまらない結果で先ほど清々しく、とまではいかないが答えが得られた。ならばもう彼らと共にいる理由もない。ぴたりと足を止め彼らと別の道へ進もうと頭の中に思い浮かべた瞬間、今まで沈黙していた山本武が小さく「俺は」と呟いた。 その声で隣に彼が居ることを思い出し、なんとなく視線を横へ向ける。彼は先ほどと同じく正面を見据えたまま、どこか遠い目をして言葉をつづけた。 「逃げてるだけなんだよなぁ、結局」 どうやら先ほどの会話の続きらしい。と理解して、彼の言葉の意味を吟味する。 逃げる―その言葉が僕は何より嫌いだった。そんな嫌いな言葉を隣の男は平気で口にする。僕と同じように内に獣を飼っているくせに、だ。 「何もかも知っているより、知らない方が楽だろ」 山本武は笑った。 遠い目をして、そこに僕を映さず細めた眼に陰った揺らめきに僕は黙っていた口を開く。 「それは君が?それとも君が群れてる彼らが?」 前の集団から流れてくる喧騒に霞むような声音で言葉の真意を尋ねるように言葉を吐くと、隣の彼が進めていた足を止めた。それに気づき僕も彼よりも数歩進んだところで足を止め振り返る。山本武は純粋に驚いているようで眼を大きく見開いていたが、すぐにそれを引っ込めてその顔から表情を無くしてしまう。 「確かに自分よりも劣っている存在があれば弱い奴は気が楽だろうけどね」 僕の言葉は静かに彼の心に忍び寄り、薄く固い壁を突き破って彼の心を刺したようだった。 山本武は此方の言葉を肯定も否定もせずにただ受け入れ黙り込んでいる。 「だけどね、僕は君がその役目を担っていることが気に入らないんだよ」 立派な牙が爪があるというのに、それをしまい込んで彼は草食動物たちの心の拠り所にでもなるつもりなのだろうか。 気に食わない。だって彼は僕とやりあえる力があるのに。僕の背後を取ったことだってあるのに。なんだってそんなつまらない存在になり下がろうとしているのか、僕には理解ができなかった。 「見てると噛み殺したくなる」 そう言って、一歩開いた距離を縮める。たった一歩、されど一歩。それだけでぐんっと彼との距離が縮まった。 僕は彼を見上げ、彼は僕を見下ろす。だけどその表情に動揺はない。ただ何も、不安も恐れも歓喜もなんの感情も浮かんですら居なかったが。 「集団にはおのずと個々に役割ってものができるだろ」 彼は怒るわけでも笑うわけでもなくそう言って歩みを再開した。ちょっとしか無かった僕らの距離は直ぐにゼロとなり山本武はなんてこともなく僕の隣を通り過ぎて歩き続けている前方の集団の後を追う。 だけど僕は足を進めることはせずに体を反転させるだけで、彼の歩みを見守るにとどまる。 「だから君はその役目を全うするとでも?はっ、馬鹿じゃない」 「雲雀はそう思うのか?」 「馬鹿だよ君、大馬鹿だよ。反吐が出そう」 「けど、俺はそう思わない」 はっきりとした声だった。信念の通った、太い声。 「これでツナ達の役に立てているなら」 彼は歩き続けて、僕は踵返し反対方向に歩きだした。 僕には彼の道が分からないし、分からなくてもいい。共に歩むことなんて死んだって訪れたりしないだろうから。 |
私の牙など廃れてしまえばいい
090402