遅刻しそうだ。そんな事を思って下駄箱から一番遠い自分のクラスに向かって廊下を駆ける
そんな自分を嘲笑うように、廊下に備え付けられているスピーカーから朝のSHの開始を告げるチャイムが鳴り出した
ちなみにまだ1階と2階の狭間。その上、3階まで登りきった後には小さく見える自分のクラスの表札に向かって走らないといけない
もう、諦めてしまったほうがいいかもしれない
そう思い、先ほどまで忙しく動かしていた足をゆっくりと
流れていた学校の風景が動くのをやめて、残ったのは荒い呼吸
頬を流れた汗を拭い、呼吸を整える
こんな息の乱れはすぐに収まる。けれど過呼吸の状態にまでなってしまうと、かなり辛い
視界は何時の間にか流れる涙でぼやけているし、言葉を発そうにも喋れない
何より、息ができないことが苦しい
昨日久し振りにそんな状態に陥ってしまって、紙袋なんて持ってないからどうしようもなく地面に座り込んでいた
そんなところに、あんな奴が来るなんて思ってもいなくて
思わずその場に立ち止まる。あと3歩で2階という微妙な位置で
そしてそのまま自分の唇に触れてみた。ザラザラに荒れている
あの時は苦しくてわけもわからなかったが、彼の唇は柔らかかったような気がする
「って、何考えてんだ。俺は」
何か自分が恐ろしい考えを浮かべていたような気がして、その場で勢いよく顔を横に振った
すこし脳味噌がぐらついて、平衡感覚が一瞬麻痺。ふらついて壁に手をついて「何やってんだか」っとぼやいた
なにやら先程よりも重く感じる足を揺れる脳味噌で上がれっと命令を下して階段を進む
「・・・・あ」
あと1階の半分で目的の3階だ
小さな踊り場でふぅっと溜息をついて上を見ると、丁度先ほど思い浮かべた人物がいて
こちらの小さな声で気づいたのか、一瞬視線を寄越したが、その後すぐに興味などないというように視線を外し、階段を登っていった
「ちょ、待って!」
気づいたら追いかけていた
自分の教室がある3階に見向きもせずに、そのまま上へ上がる階段に足を踏み込んだ
この先は、屋上へ続く階段
駆け上がり、薄暗い階段の先で光が溢れた
その中に人影が吸いまれていくように消えて、重い音を上げてアルミの扉が閉まった
僅かな隙間すら開いていなかった扉のドアノブを掴み捻りながら扉を押し開いた
いきなり目の前で光が溢れ、眩しくて思わず目を細める
広がる殺風景な屋上には彼の姿が見当たらず、まだ光に慣れていない目でフラフラと前に進む
刹那、背中がゾクっと震えて、バッと後ろを振り返ろうとしたが、その前に冷たい金属が首を圧迫するように突きつけられていた
「おはようございます・・・」
辛うじて言葉にできた声は、喉を圧迫されているせいか微妙にしゃがれていた
「おはよう。何してる訳、君は?」
「そう言う先輩はSHサボリですか?」
「質問を質問で返すのは嫌い」
そう言うと喉にあてがわれたトンファーが更に食い込んでぐえっとカエルみたいな声が口から零れた
その拍子に手から持っていた鞄がボトリと地面に落っこちた
「で、何か用?」
そう言った雲雀はいまだトンファーを喉に食い込ませている
細い息しかできず、昨日よりはまだマシだが苦しいものは苦しくて、降参というように両手を上げて見せた
それが更に彼の感に触ったのか、ものすごく嫌そうな顔をされたのでヘラっと笑ってやると更に眉間に皺が増えてしまった
そろそろ息が出来なくて本気で苦しくなってきた
喉をかするように呼吸をしていると、ようやく雲雀がトンファーを離した
後ろの閉まっていた扉に背中を預けて、大きく息をする
足りない酸素を補おうと肺の中に空気を送り込んだ
ゲホっと咳き込む、なんとなく嫌な予感がした
「・・・ッハ」
息を吸い込んでも満たされない肺
ヤバイと思ったがもう遅い
「ぅ・・」
ズルズルと背中を扉に預けて
シャツがまくりあがって背中が冷たい金属に触れたけれどそんな事が気にならないぐらいに苦しくて
なんとか震える足を踏ん張って、扉を開けて出て行こうとした
けれど、後ろから腕を掴まれて、顎を掴まれた。なんて思っていたら唇を塞がれた
「ん・・っ?!」
口内に入ってきたのは紛れもなく他人の舌で
驚いて、目の前に広がる顔を凝視した
これは初めてではない、昨日も同じことがあった
ただ、違うのはなかなか目の前の彼が離れていかない事
そんな彼の胸倉を強く数回叩くとようやく離れていった彼
「な・・・な、なんで」
「ねぇ、君野球してるのに過呼吸なの?」
「え?」
突拍子もない質問に軽く狼狽した
ポカーンと呆けているとイラついた様子で彼が再び口を開いた
「質問に答えてよ」
「・・・野球のときは大丈夫・・・めったに出ないし。これ出るのは・・・・」
と、ここまで答えてからなんで自分がこのことを先輩であり、いきなりキスしてきたりする風紀委員の雲雀に言わなくてはいけないのだっと思った
そう思うと口が自然と止まってしまって
だけど、無言でこちらを睨みつけるように見てくる彼の視線が早く言えっと催促していた
ふぅっと溜息をついて、2度も助けてもらったんだからまぁいいかなど結局は彼に言ってしまう事を決意してしまう
「簡単に言えば、トラウマ。昨日のはそれ。今日のは昨日出たせいでちょっと出やすくなってたんだろうな、普段はこんぐらいだったらでねぇし」
「ふーん」
人が折角教えたというのに、目の前の先輩はさして興味もなさそうに、そう言った
不服そうな顔をしていたのか、自分の顔を見た瞬間、彼が少しだけ眉を寄せ手に持っているトンファーで自分の顎を下から圧迫した
「もしも、また苦しいときがあったら僕を呼びなよ。山本武」
「は?」と言った後、いや、言っている最中に彼はそのままトンファーで頬を強く薙ぎ払った
野球のお陰で鍛えられた反射神経で、避けるまではないが多少なりとも威力を殺ぐために横に転げた
そのまま彼はこちらを見向きもせずに屋上の唯一の出入り口である扉を開けて姿を消していった
暫く呆けていたが、1時間目の開始のチャイムを聞いて慌てて落としていた鞄を手に取り、彼の消えていった扉へ駆け込んでいった
呼吸のその先
080403再録