血の赤で塗りつぶされた片方の眼は使えない
貧血のせいでか揺らぐ視界で、ツナたちの姿が見えた
その横を覚束ない足取りで通り過ぎる
「山本、怪我の手当てをしなきゃ」
研ぎ澄まされた感覚で、右からツナの腕が自分に伸ばされているのをが分かった
見えないはずの、死角にあったツナの手を払いのけた
「・・・悪い」
きっと、優しい友人は酷く心配そうな顔で自分を見ているんだろう
そんなことを思いながら、重い身体を引きずるようにして血の臭いのする校舎を背中に歩みを再開させる
「山本っ!」
誰かの声が背中に届いた
振り向く事、立ち止まる事さえせずに
彼等には聞こえないであろう声音で「放っておいてくれ」っと呟き、そのまま逃げ出すように学校の敷地から出て行く
星空だけの月の無い夜
フラフラと道をいく自分は傍から見れば変質者だ
視界がぼやけて見えるのは、対象を照らす光が弱いせいか、それとも己の身体が危ないところまできているか
おそらく後者なんだろう
しかし、前へ前へと意味も無く進める足を止める事はしない
その先に何が在るわけでもなく、自宅への帰り道でもない
自分はどこへ行くつもりか、そんな浅はかな考えは脳味噌で繰り返し映し出される記憶の前にかき消された
重い身体
呟かれた最初で最後の賛辞の言葉
突き飛ばされて、背中が痛くて
開く片目をあけてみれば、視線の先で
人間の血はこうまでも、甘く香って濃い色をしていたんだと知った
薄く濁った水に広がる赤を思い出して、こみ上げてきた吐き気
思わずその場に蹲り、痛み悲鳴をあげる身体を丸めた
吐くな、吐くな、吐くな
「あいつに・・・失礼だ・・っ」
言葉にすれば、それは力になる
息を殺して、ジッと衝動に耐え抜く
はぁっと湿っぽい息が口から零れ
硬く力を入れていたせいで、身体が更に痛みを増した
暫くその場で蹲り、ようやく立ち上がり前を見た
いつからか、そこにいたのかは分からない
歩道の横に植えられた木に寄りかかっている彼は、こちらの視線に気づいたのか、閉じていた目蓋を開けてこちらを見た
目が合ったが、話す事もないし、話したくも無い
重い足を必死に動かし、当ても無く只前へ
「ボロボロだね」
彼の前を通るとき、嘲笑うかのように彼の声が自分の鼓膜を揺らした
立ち止まる事はせず、そのまま前へ足を踏み出す
「でも、君は勝った」
彼の声は心が通っていて
濡れている自分には寒いほどの夜の空気をかすかに揺らした
足を止めて、その場に立ち止まる
彼の目先より、1、2歩進んだ場所で
「俺は負けた」
自分の口から出た声が、情けなさすぎて自嘲が零れる
視線は何時の間にか薄暗い地面に落っこちていた
「君はアイツの指輪を持っている。君は勝ったんだよ」
彼の言葉に迷いは無い
しかし、その言葉は真実ではない
少なくとも、自分にとっては
「負けたさ、あいつを助けられなかった時点で俺の負けだ」
「馬鹿じゃないの、アイツは敵で人殺しだったんだよ」
「それでも、俺は・・・」
そこまで言うと目の前に、鮮明に彼の最後が思い出され
気持ち悪いっと、呟くと同時に膝が折れた
グルリとあやふやな視界の流れるさまをぼんやりと、どこか他人事のように
重力に逆らい立つ事も出来なくなった身体はどうやら、限界を既に超えてしまっていたようだ
しかし、身を襲ったのは冷たい地面と衝突する衝撃ではなく、雲雀の体温だった
いつもは、自分が熱を奪っていた
彼は子供のように身体に熱を佩びていて
触れれば冷たい己を侵食するように、彼の熱がこちらへ移ったのに
今の彼は、酷く冷たくて
おそらく数多くの切り傷からの出血、そして水による体温の低下でだろう
彼が笑って冷たいっと触れてきた自分の手から、今彼は熱を奪っている
背中に嫌な汗が伝う
このままでは彼は危険だ。っと本能が告げていた
「俺は・・・アイツを助けたかったんだ」
どうしようもない馬鹿だ、馬鹿すぎる
今自分の体がどういった状態なのか理解していないはずもないだろうに
何故、まだ生きている自分を案じずに、目の前で綺麗に散った敵に涙を流す?
「甘い・・って雲雀は言うだろう、け・・ど・・・俺、は」
支えていた彼の身体が重くなった
おそらく気を失ったのだろう
早く医者に診せないと危ない
「本当に、とんだ甘ちゃんだね、君は」
そんな彼に振り回される自分は何なのか
その答えを教えてくれる者など、生憎この場にはいなかった
重い身体を抱えなおして、涙が流れた後のある頬が視界の端に見え
意識の無い彼に、意識せず口から音が零れ落ちる
「君は野球だけ、やっていればよかったんだよ」
敗北を語る勝利者
080403再録