「人間は死んだら何処に行くんだ?」

 男は問いかけました。降り注ぐ雨に傘も差さずに曇天から滲み落ちてくる雨に濡れながら、振り落ちてくる滴に音をひとつひとつ忍ばせるように。
 雨は彼の身体の一部のようなものでしたが、その雨はけして彼の業がなし得たものではなく自然現象として起きているもので、それは彼にしてみれば出来すぎたシチュエーションでした。

「どこにも行きませんよ。輪廻を繰り返しまたこの世に戻ってくるだけです」

 男の正面に薄っすらと存在する影の中に佇むもう一人の男が口を開いて言葉を雨粒の合間を潜り彼のもとへと飛ばしました。
 すると、男はその言葉を受け取って音の意味を吟味し終えるとぐんにゃりと顔を歪め自嘲じみた嘲笑を雨音の中へと散らしてゆきます。それはまるで、小鳥の足音のように、地面に広がる水溜りの上を跳ねてゆき小さな小さな足跡をぬかるんだ地面へと刻みこんでゆきました。

「けど、それはもう別人なんだよな」

 男の自嘲は降りしきる雨とともに落ちていく。真黒な棺が雨粒と彼の自嘲を受け止めてしっとりと濡れていた。
 よく見れば彼らの他にも人はいる。既に棺に別れを告げた面々は遠巻きに彼らの様子を、赤く泣きはらした目やどこか虚ろな目で見ているようであった。

「会いたいのですか?」
「ああ。会いたいね…無理だと知れていても」

 男の乾いた声音は雨の支配するこの空間で異様な輪郭を持ち独特の面持ちを醸し出していた。彼はひどく疲れた様子でそう言って、手に持っていた真っ白な百合の花を音もなく無数の雨粒と共に棺の上へと落とした。

「私ならいつでも会えますよ」

 雨音に滑らせた言葉は、本当に小さなものだった。言葉を具現した本人も聞こえなければいい、とそんあ面持ちで呟いた音だったがもうひとりは目ざとく男の声を拾い上げていて、俯き加減だった頭を持ち上げて正面にいる男の青白い顔を不可思議そうな面持ちで見つめていた。

「だから私にしませんか」

 男は不思議なことに輪廻転生の輪からずれたところに存在している。
 だからこそ、彼には可能だった。死した後に生前生きていた場所へと戻ることも、言ってはいけない「ただいま」の言葉を言えるのだ。
 降りしきる雨のカーテンを裂いて、濡れた男に差し出された彼の手のひら。男の陰の詰まった瞳はそれを無言で見つめていたが、すぐにフッと軽い吐息を出して顔を綻ばした。

「お前らしくない冗談だ」
「そうですね」

 男のやけに優しい言葉に、差し出されていた手のひらは雨粒を握ることなく力なくぶらりと振り落ちて

「私も少なからず衝撃を受けているのでしょう」

 雨粒を飲み込むかのように大きな口を開いて片目に六の文字を宿した男は、目の前にある黒い棺を拒絶するように薄暗い空を仰ぎ天へとせせら笑いを登らせていった。




どこ へ いって  しまった の  ?


補足
10代目が亡くなった時。棺を前にして目の前の死をあまり理解できない山本と、
彼の人の死が信じられなくて慰めが欲しくて、彼の代わりになるような芯を山本に求めようとしているような骸。のイメージ。
うーん補足がいまいち補足にならない。

090208