汚れた重みに潰れそうだ。
「刀は、人を斬るたびに重くなる」
ザァザァと雨が降る中で山本がそう呟いた。
人を斬ったばかりの刀が血を纏い山本の眼前で天を刺す様に掲げられていた。山本が作り出した雨によってその刀は洗われている最中で、透明な水は赤を濁らせゆっくりと下へ下へと流れてゆく。
その様を眺めながら山本は重たい、と刀に対して呟いた。
「殺した人間の悲しみや怒りや恐怖や呪いが塗り重ねられて、刀はいずれ俺が振るえないほどに重たくなる」
日本人らしい、と考えた。否、山本武らしい考え方だと。
「手入れさえすれば血肉は落とせる。切れ味が悪くなるのは手入れを怠っているからだ」
「そういうことじゃない、そういうことでもあるけど、違う、精神的なものさ。スクアーロ」
俺は刀を重たいと考えたことは無い。それは手足だ、己の身を守り敵を倒すために必要不可欠な身体の一部。心身の一部が重たくなって使い物にならなくなるなんて、そんなことあってはならないことだ。
「……くだらねぇ」
「俺も、そう思う」
山本はあっさりと肯定をした。俺はそれに少しだけ拍子抜けする、てっきり何か持論を唱えて己の考えを正論へと昇華させるものだろうとばかりに思っていたから。
「けどなぁ」
疲れたような声だった。実際に彼はとても疲れている。自分が勝手にそう思っているだけかもしれないが、山本は疲れていた。
刀を振るうこと、人を斬ること、雨を降らせること、息をすること。
しかし、彼はそれをやめない、何故か?守るべき物があるからと、彼は言った。
「重たいんだよ、重たくて重たくて」
一旦一息吸って、彼は持った刀を振るい「潰れそうだ」と呟いた。ヒュンと空気と雨が切り裂かれ、瞬間ピタリと空から降り注ぐ雨が止んだ。もう、山本の刀は血の汚れを落とし鈍い光沢を灯していた。
「なら、その重さも抱えて飲み込んで、お前の刀を振るえばいいだけだ」
そんな重みに潰れる様ならばそれまでの男。
けれど、違うだろう。お前はこの俺が見込んだ男なのだから。
「そうすればお前は更に高みへいけるだろう」
「スクアーロも追い抜いて?」
「調子に乗るなよカスがぁ!」
手に握った剣で山本をなぎ払おうと剣を振るが、当然のことながら肉を斬った感触は無い。山本は笑いなが繰り出される剣筋を全て読みきりひょいひょい避けていた。
段々と腹が立ってきて、本気を出そうと剣握り直すが山本は笑って逃げるだけだった。
080427